第192話:月並みな言葉
上級生女子たちからたくさんナデナデされ励まされた私は、多目的教室を後にする。そのまま死んだ魚のような目をする眞鍋さんと一緒に教室まで戻り、そこで力尽きたように椅子の上へと崩れ落ちる。
(疲れた・・・。本当に疲れた・・・)
当初の予定では、三十分ほどで終わるのではないかと予想していた今回の会議。本日の会議の主題は各クラスと部活の出し物を決めることだったし、それだって事前にアンケート取ってたからすんなり決まるだろうって思ってたんだよね。
それなのに実際の会議時間は一時間を超え、更には会議中のオナラ事件によって予定外のメンケアの時間が発生してしまって・・・。そのせいで外はもうすっかり真っ暗で・・・。
「はぁ~~」
私の口からは、大きな溜息が自然と零れ落ちる。今から駅へと向かって電車に乗って家に帰って、それから夕食の準備したり洗濯したりして・・・。
今日も帰りが遅くなるだろう両親とこれから待ち受けるタスクに、私は閉口する。母さん、今日くらいは早く帰って来ないかなぁ・・・。
高確率で実現しないであろう希望的観測を胸に、私は荷物を纏める。先程使ったプリント類をクリアファイルへと収め、それをバックの中へと仕舞う。
「なっちゃん、本当にゴメン・・・」
そうして帰る準備を整えていた私に、弱々しい声の眞鍋さんが声をかけてくる。
「私のせいで、その・・・」
真鍋さんの顔は、しなしなだった。彼女の瞳には、透明の雫が浮かんでいた。そんな彼女の顔を眺めながら、私はあえて簡素に言葉を返す。
「私は、大丈夫。だから、気にしなくていいよ」
「でも、でも!!」
なおも言い募ろうとする彼女を手で制し、バックから取り出したポケットティッシュを眞鍋さんへと差し出しながら私は静かに語る。
「鈴木君と、仲良くなるんでしょ?」
「・・・・・」
「鈴木君に、告白するんでしょ?」
「・・・・・」
人のことを恋愛的な意味で好きになったことがない私には、彼女の苦しみと葛藤を本当の意味で理解してあげることはできない。だけれど、実際に二人から告白を受け、そしてそれを断った私だからこそ解ることもあるのだ。
恋愛というのは、創作物の中で見掛けるようなキラキラとしたものなんかじゃない。それはとても苦しくて怖くてドロドロとしていて、そして、物凄く難しいものなのだ。思いを伝えるまでが本当に大変で、頑張って伝えてもそれが報われるとは限らなくて、仮に思いが伝わって結ばれても将来はどうなるか分からなくて・・・。
「月並みなことしか言えないけどさ、応援してるから」
「なっちゃん・・・」
「鈴木君とは中学時代にそこそこ話したけど、彼、良い人だと思うよ?私も、中学時代には色々と助けられたし・・・」
私にできるのは、眞鍋さんを遠くから応援することだけ。彼女の恋が実るのを、いるかどうかも分からない神様に祈ることだけ・・・。
人の心というものは複雑怪奇であり、予測不能なものだから・・・。だからこそ難しい恋の成就までの遠く険しい道のりを、私はただただ遠くから眺めることしかできない・・・。
「ありがとう・・・。私、頑張るからさ」
私の言葉を受けて、眞鍋さんはニカっと笑う。その顔は涙と鼻水で汚れていたけれど、でも、その表情に影は見られなかった。
「それじゃあ、そろそろ帰ろっか?」
「うん・・・」
「ほら、涙と鼻水拭いて」
「・・・・・。ズビィーーーー!!」
渡されたティッシュで涙を拭い鼻をかみ、色々とスッキリした様子の眞鍋さん。そんな彼女と共に教室を後にした私は、急ぎ足で外を目指したのだった。