第186話:真っピンク
九月が終わり、十月になった。夏休み中のアレコレとか新島さんに関するアレコレとか、あとは内田君が夏姫の正体について訝しんでいる件とか、色々とあった割にこの一カ月間は思いの外平和であった。
陽介から内田君の件について聞かされた時はヒヤッとしたのだけれど、今のところこれといった動きは見られない。内田君なりに思うところはあるのだろうけれど、だからといって確証があるわけでもないし、まさか当の本人に直接訊くわけにもいかないだろうしねぇ~。
それと眞鍋さんたちの件なのだけれども、夏休み中の出来事が切っ掛けで気落ちしていた彼女たちも元の調子に戻りつつある。全く引き摺っていないってことはないのだろうけれど、話している感じではまあまあ元気そうなのでその点は安心している。
ただまあ一方で、元気が戻ってしまったが故に困っていることもある。それは、眞鍋さんの脳内のピンク濃度が以前にも増して上がってしまったこと・・・。ともちゃんたちに聞いたところによると彼女は昔から恋愛物の話が大好きだったようで、ドラマなり漫画なりを見ては色々と夢想していたらしいのだ。
中学時代は男子たちも今以上に子供っぽく、彼女が理想とする王子様は現れなかった。だから彼女は部活動へとその青春を捧げ、来る日に向けて理想の王子様像を練り上げていった。
そして今、高校生となった彼女はついに理想通りの王子様を見つけた。その王子様の名前は上月 満といい、二つ年上の彼に告白しフラれた彼女は今、別の王子様に夢中なようなのだ・・・。。
「あぁ、鈴木君」
「「「「・・・・・」」」」
「好き・・・」
「「「「・・・・・」」」」
恍惚とした表情を浮かべたまま、眞鍋さんは虚空を眺めている。そしてそんな彼女を見守るともちゃんたちは呆れたような表情を浮かべており、皆揃って小さな溜息を零していた。
「鈴木君のことを好きになった切っ掛けって、何だったっけ?」
「確か偶々廊下でぶつかって、その時に紳士的な対応をされたからじゃなかったっけ?」
ちなみに私たちは今、いつもの如く五人集まっての昼食中である。本日の私のメニューは冷凍食品満載のお弁当であり、私が朝方頑張って三人分詰めました。
「つまるところ、一目惚れってやつ?」
「そうだねぇ~。一目惚れってやつだねぇ~」
口に卵焼きを突っ込んだまま恍惚とした表情を浮かべる眞鍋さんに、ウィンナーを咥えたままの甲山さんがジト目を向けている。
「昔っから頭の中真っピンクではあったけどさ、ここまでとはねぇ~」
「いや、あんたも大概っていうか・・・。前に見せてもらったエロ本のこと、忘れてないからね?」
峰島中学時代には、殆ど絡むことがなかった彼女たち。極偶ぁ~にともちゃん絡みで話すことはあったのだけれど、毎回何故か頭を撫でられたりとかして非常に居心地が悪かったので意図的に避けていたのだ。
そんな彼女たちの日常会話に時折混じるヤバそうなワードにビクビクしながらも、私は解凍済みのミニハンバーグを口の中へと突っ込んでいく。教室内には男子たちだっているのだから、エロ本とかマジでヤメてほしい・・・。
「そういえばさ、もうすぐ文化祭じゃん?」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「部活の時に聞いたんだけどさ、その鈴木君って男子、実行委員に立候補するかも」
十月の終盤、二日間に亘って行われる大宮高校の文化祭。その際に行われるクラスでの出し物についての話し合いが、最近のホームルームでの主題である。
議長は毎回その日の日直が勤め、近々開催される予定の全クラス会議に必要な代表者については決まっていない。出し物の内容も実行委員もまだ決まっていない我がクラスの文化祭は、果たしてどうなるのだろう?
「それ、本当?」
「え?」
「その話、本当なの?」
「「「「・・・・・」」」」
頬張っていた大きめの唐揚げを一口で飲み込み、眞鍋さんは声を上げる。
「う、うん。本当だよ・・・。代表者が中々決まらないから、立候補しようかなって言ってた」
そっか、鈴木君、実行委員に立候補するんだ・・・。彼は中学時代にもそうして体育祭の実行委員になって、皆を引っ張っていたっけなぁ~。
中学時代はそこそこ話す機会があり、私自身も色々とお世話になった鈴木君。そして、そんな彼の目の前でやらかしてしまったあの日の出来事をも思い出し、私のテンションは駄々下がっていく。
「なっちゃん、どうしたの?大きな溜息なんて零して」
「いや、何でもない・・・」
二人の男子の前でオナラを漏らしてしまうという大失態を犯したあの日、私の中の何かは深く傷ついてしまった。長い付き合いである陽介やともちゃんの前ですらそのような失敗は殆どないというのに、あぁ・・・。
「私、決めた。私、文化祭の実行委員になる」
私が一人ナーバスな状態になっているのを他所に、眞鍋さんのテンションは上がっていく。
「私、文化祭の実行委員になって、隙を見て鈴木君に告白する」
上月先輩への告白に失敗し、一時は桃色の青春を諦めていたっぽい眞鍋さん。そんな彼女は力強く宣言し、そして、残っていた真っ白なご飯をその口に放り込む。
「「「「・・・・・」」」」
もはや、何も言うまい。彼女の固い決意に、私たちが紡ぐべき言葉なんてない。
私はもぐもぐと口を動かす眞鍋さんを皆と一緒にぼんやりと眺めながら、残っていた解凍済み春巻きを口の中へと放り込むのだった。