第18話:激動の夏休み
今年の夏休みは、大変だった。もう本当に大変だった・・・。
例年であれば仲良しな幼馴染たちや気の合うクラスメイトたちとバカ騒ぎして終わるはずのソレは、決して消えることのない大きなトラウマを僕の中に刻み込むこととなった。
夏休みのとある日の早朝、悪夢の影響によって不快な目覚めをしたその日、僕は人生で初めての月経を経験した。それは本来僕の体には無縁であるはずのもので、僕自身は勿論、最も身近な存在であった僕の両親たちをも纏めて混乱の渦へと叩き込むこととなった。
僕のズボンと下着、ベッドのシーツを汚す赤くて鉄臭いにおいの何か・・・。それを見た僕と両親たちは半狂乱し、そんな中でも比較的冷静だった父さんの言葉に従って僕と母さんは病院へと向かった。
患部に大きな傷は一切見えず、何よりも僕自身が思いの外元気で動けたため、父さんはそういった判断をしたようである。一方で母さんは冷静な顔を装いつつもかなり動揺していたようで、後で聞いた話では家から病院へと向かうまでの記憶が一切合切抜け落ちていたらしい。何それ怖過ぎる・・・。
そうして向かった先の病院で数々の検査を済ませ、そこで聞かされた話は僕たちにとって衝撃的な内容であり、僕たち家族のその後の人生を大きく変えることとなった。
今まで何の疑いもなく男として生き、いや、若干の疑義はあったものの男として生き、今後も当然そうであると思っていたのに・・・。それなのに、いきなり男ではなく女だったと言われても納得も理解もできるはずがない。
家へと帰り着いた僕と母さんは茫然自失となり、帰ってきた父さんはそんな僕たちから事の顛末を聞いては眉間の皺を深くする。そうして目の前の現実に頭を痛め心を擦り減らしている間に、運命の日はやってきてしまった。
仕事へと向かう父さんを見送り、母さんと共に桜田医師から紹介された病院へと向かい、そこで追加の精密検査をして・・・。その結果が示す答えは、桜田医師から聞いていたものと大差なくて・・・。
そして僕は、そこで手術を受けることとなった。
その手術自体は思いの外短く、担当の先生によると人によっては日帰りすらも可能であるらしい。まあ、僕の場合は経過観察と念のためということで二日だけ入院したんだけど・・・。
手術が終わり麻酔が切れ、下腹部を襲う何とも言い難い鈍痛に苦しみながら、病院の個室でただただボケーっと過ごす時間。そうして僕がボーっと過ごしている間にも母さんは各所を駆けずり回り、僕の性別変更に関する様々な手続きのために奔走していたらしい。
「夏樹、学校はどうする?」
「学校?」
「このまま今までの学校に通い続けるのは、夏樹的にどうかと思って」
今まで男として学校に通い、当然の如く男としてクラスメイトたちと接してきた僕。
「・・・・・」
体育等の着替えの際は、男子たちと着替えた。水泳の授業は、上半身裸で受けた。トイレは、男子トイレを使っていた。クラスメイトの女子たちからはその見た目故に可愛がられてはいたが、彼女たちだって僕のことは一応男として見ていたはずである。たぶん・・・。
考えれば考えるだけ、それはありえない選択肢に思えた。今まで男として接してきた自分が、一体どんな顔をして彼等に会えばよいというのか。それに・・・。
「母さん、学校は変えて欲しい」
「・・・・・、分かったわ。それなら、学校については転校を前提に話を進めるわね?」
「うん、お願い・・・」
仮に、僕が今までの学校にそのまま通うことになったならば、それは多くの人たちを戸惑わせることになるだろう。中には変わってしまった僕のことを受け入れてくれる稀有な人たちもいるかもだけど・・・。
でも、常識的に考えて、その可能性は限りなく低い。仲の良い陽介たちの反応ですら全く想像できないのに、もしも変わってしまった僕の姿を武井君とかに見られでもしたら・・・。
そうして転校を決意し、二日間の入院を終えて家へと戻った僕は、翌日から母さんと共に各地を駆けずり回ることとなった。市役所は勿論のこと、一生行く機会なんてないだろうと思っていた裁判所やその他諸々。
そんな中で戸籍上の性別を変え、それと同時に僕の名前も夏樹から夏姫へと変えた。他にも手続き上のことだけでなく女用の下着や衣類、他にも生理用品とか色々買い揃えていった。
「メッセージが、メッセージが溜まっていく・・・」
そんな忙しい毎日であるが故に幼馴染たちとは会えず、当然のように登校日も学校へ行くことなくすっぽかしていた僕。一応学校とか陽介たちのご両親に事情は伝わっていたものの、センシティブな問題であるが故に幼馴染たちやクラスメイトたちが僕の現状を知ることはなくて。
「何て、何て返せばいいんだ?」
何故会えないのか?体調は大丈夫そう?次の登校日には来れる?等々・・・。
そのいずれの質問にも、僕は明確な回答を返すことができない。何ならクラスメイトたちとはこのまま顔を合わせることなくバイバイする予定なので、余計に気マズくて仕方がない。
「はぁ~」
そうして更に時間は経過し・・・。
「転校先の学校についてなんだけど、夏姫も一人じゃ不安だろうし、従妹の雪花ちゃんと同じ学校はどうかなって」
「雪ちゃんの?」
「そう。向こうの学校に事情を話して、一緒のクラスにしてもらおうかなって」
「・・・・・」
そんなこんなで、僕は従妹である雪ちゃんの家へと転がり込むこととなった。
「よ、よろしく・・・」
久しぶりに会うその女の子は、二カッと眩しい笑みを浮かべていた。
「なるほどなるほど・・・」
「・・・・・」
「僕っ子も悪くはないんだけど・・・。一応念のために、これからは自分のことを私って言おうか?」
「・・・・・」
こうして僕は、私になった。