第179話:お姉ちゃん
男たちとの騒動を終え、スタッフへの説明も終えた私たちは施設を後にしていた。あのまま再度遊ぼうなんて気になれるはずもなく、私たちは予定よりもだいぶ早めの帰宅を選択したのである。
「皆、大丈夫?」
「うん、まあ・・・」
駅のホームにある柱へとその身を預け、物憂げな表情を浮かべる眞鍋さんは全然全く大丈夫そうではなかった。
「「「・・・・・」」」
他の三人も言わずもがな、今回の一件は皆の心に大きな衝撃と深い傷を与えてしまったようである。
「あそこは人も多いしさ、家族連れだっているし・・・。だから、こんなはずじゃ・・・」
今回の企画をしたのは、眞鍋さん。それ故に彼女は色々と責任を感じてしまったらしく、いつもの溢れ出るような元気と生気は微塵も感じられない。
「あれは、眞鍋さんが悪いんじゃないから」
「・・・・・」
「何ていうか、ただただ運が悪かったっていうか」
「「「「・・・・・」」」」
体格から考えるに、彼等は大学生か何かだったのだろう。もしかしたら高校生の可能性もあるけれど、いずれにしても無駄に体格が良くてデカかった。だから普段ならもっと強気に出れるはずの眞鍋さんや甲山さん、そしてともちゃんまで気圧されてあんなことに・・・。
「なっちゃん、ありがとね?」
「ううん。当然のことをしただけだし」
「でも、ありがとう」
「うん・・・」
あの時私が動けたのは、私だけ男たちから触られていなかったから・・・。もしもあの時肩とかに手を置かれていたら、私も怖くて動けなかったかもしれない・・・。
そして、過去にカラオケ店で絡まれたあの経験も大きかった。あの日以来私は従妹の雪ちゃん監修の下様々なメンタルトレーニングとイメージトレーニングを積んでおり、ほんのちょっとだけ強くなれたのだ。
「「「「「・・・・・」」」」」
微妙な空気のまま時間は過ぎ、やがて電車が来て・・・。
「じゃあ、また今度ね?」
そのまま皆と別れて・・・。
「「・・・・・」」
私は今、ともちゃんと二人っきりだ。他の皆は私たちとは真逆の方に家があるため、二人っきりなのである。
「ねえ、ともちゃん。大丈夫?」
「・・・・・」
体の震えは止まり、顔色も幾分か戻ったともちゃんは小さく頷く。そんなともちゃんの手を私は強く握りしめ、見慣れた歩道を進んでいく。
「ちょっと、私の部屋に寄ってく?」
「・・・・・」
半ば強引に自分の部屋へと連れ込み、飲み物を準備してそのまま隣で寄り添って・・・。
「昔もさ、こうして二人でよく一緒に過ごしたよね?」
「・・・・・」
「ともちゃんと私で、どっちが兄なのか姉なのか喧嘩してさ」
「・・・・・」
ともちゃんがいたから、寂しくなかった。陽介がいたから、寂しくなんてなかった。
「私はさ、ともちゃんの恋人にはなれないけれど、でも・・・」
「・・・・・」
「私は、ともちゃんのお姉ちゃんだから。ともちゃんは、私の大切な家族だから」
「・・・・・」
ともちゃんの瞳には、透明な雫がいくつも浮かんでいる。そんな雫が頬を流れるのを気にする様子もなく、彼女は私の体へとその体重を預けてくる。
「バカ・・・」
「・・・・・」
「なっちゃんの、バカ・・・」
その言葉は、とても重く悲しげで・・・。
「お姉ちゃんなのは、私だから・・・」
「・・・・・」
「なっちゃんは、私の大切な妹だから・・・」
そう言ってともちゃんは、私を力強く抱きしめるのだった。