第172話:恋とは・・・
高校生になって初めての夏休みの初日が、終わりを迎えようとしていた。スマホの画面に映る時計は十六時半を示し、良い子の皆はそろそろ帰宅を始める頃合いである。
「今日は、本当にありがとう」
昨日と比べて若干表情が柔らかくなった新島さんが、そう言葉を発する。
「じゃあ、またね?」
「うん。また」
私たちは短い別れの挨拶の後、別れた。私は駅の改札に向かって歩みを進め、新島さんはそんな私とは正反対の方へと向かって歩みを進めていく。
(何ていうか、優しくて良い人だったな・・・。それに美人さんだったし・・・)
ほどほどに混んだ電車内から窓の外を眺めながら、私は新島さんとの時間を振り返る。
(昨日いきなり話しかけられた時はビックリしたけど、でも・・・)
一緒にカラオケに行って、ファストフード店で昼食を食べて・・・。そのまま駅近のモール内でウィンドウショッピングして・・・。
(普通に楽しかった・・・。普通に楽しんでしまった・・・)
昨日は流れのまま本日の約束をして、内心ヤバいヤバいと焦りながらも聞きたい情報を何とか聞き出せないかと葛藤して・・・。
初めの方こそ人見知りを発動して緊張していたのだけれど、彼女から溢れ出る人の好さというか、物腰の柔らかさによって私の緊張は自然と解けていった。
(まあ、結局陽介についての話は殆ど聞けなかったんだけどね・・・。ていうか、聞ける雰囲気でもなかったし・・・)
彼女から聞き出せたのは、彼女が入学式の日に恋に落ちたことと、体育祭の日にフラれたという事実。そして今、クラスで非常に気マズい立場にあるということだけ・・・。
仲の良い友達にすらその思いを隠し、お祭り状態であったとはいえ体育祭の日にガチの告白を決行し、しかもその相手が同じクラスの男子で・・・。
友達からは気を遣われ、男子たちからは好奇に満ちた視線を向けられ、一部女子たちからはどことなく冷たい視線を向けられて・・・。
(私だったら、とてもではないけれどそのクラスにはいられないな・・・)
居た堪れない・・・。あまりにも居た堪れなさ過ぎる・・・。
(しかも、その切っ掛けとなったのがあの陽介だなんて・・・)
いつも優し気な笑みを浮かべ、頼りになる幼馴染。そんな彼は一人の女子の告白を断り、結果的に彼女を苦しませることになってしまった。
「・・・・・」
いやまあ、私も人のことは言えないんですけどね?!何なら私、二人フッてるからね?!しかも直近で!!
「はぁ・・・」
頭が、痛い・・・。胸が苦しい・・・。
(ともちゃん・・・)
恋とは、告白とは、きっと碌なものじゃない・・・。フラれた人はそのことで思い悩み、フッた人もそのことで思い悩み・・・。
「はぁ・・・」
これ以上は、ヤメておこう。これ以上深く考えても、きっと碌なことにならない。
(とりあえず、陽介が告白を断ったことだけは分かったし、それだけでもヨシとしよう・・・)
私は内心のモヤモヤを振り払うように、軽く頭を振る。
「・・・・・」
そうこうするうちに電車は目的の駅へと着き、私は駅のホームへと足を踏み出す。
「ふんふんふふ~ん」
駅を抜け歩道を進んで家へと辿り着き、私は部屋へと戻った。そのまま着替えを持って脱衣所へと向かい、そこにあった鏡の中に映る思いの外ご機嫌そうな自分自身の表情に少しだけギョッとした私はしかし、そのことを深く考えるでもなくそのまま裸となり浴室へ駆け込むのだった。