第171話:NOと言えない夏姫ちゃん・・・
私が高校生になって、初めての夏休み。多くの学生たちにとって待ちに待ったであろうその大連休の初日、私は何故か新島 小春さんと共にいた。
「ごめんなさい。突然で迷惑じゃなかった?」
「いや、大丈夫だけど・・・」
名前だけは聞いていたのだけれど、顔を合わせたのは昨日が初めての新島さん。そんな彼女は儚げな笑顔を浮かべながら、マイクを握りしめていた。
「とりあえず、一曲歌ってもいい?」
「あぁ、うん・・・。どうぞ?」
「じゃあ、失礼して」
本当にどうして、こんなことになったのだろう・・・。昨日偶然彼女と出会い話して、何故か本日カラオケに行く約束までさせられて・・・。
暗くジメっとした失恋ソングを歌う新島さんを眺めながら、私は改めて自分自身の押しへの弱さというか、NOと言えない意思の弱さに辟易する。
でもまあ、他に予定も無かったし・・・。それに、新島さんの情報も集めたかったから別にいいっちゃいいんだけどさ・・・。
陽介はサッカー部の練習で家にいないし、ともちゃんとは気マズくて何かだし・・・。雪ちゃんは結局塾漬けにされたみたいだしね・・・。
「ふぅ~」
「・・・・・」
一曲歌い終わったばかりの新島さんが、ジッと私のことを見てくる。
「もう一曲だけ、いい?」
「ど、どうぞ・・・」
「じゃあ、失礼して」
本当に、何で私はこんなことになっているのだろう・・・。
「次、歌う?」
「あぁ、うん。じゃあ・・・」
とりあえず、何か適当に・・・。
「うふふ」
「・・・・・」
「うふふふふ」
「・・・・・」
そうして、何とも言い難い不思議な時間は過ぎていく。昨日までは名前だけで顔すら知らなかった女子との時間が、過ぎていく。
「何か、ごめんなさいね?本当に突然で、迷惑だったよね?」
一曲歌い終わり、テーブルの上のドリンクをチビチビ飲んでいると、新島さんがそう声をかけてくる。
「昨日も話したと思うんだけど・・・。私、今クラスで超浮いててさ」
その瞳は憂いを帯び、その表情は儚げで・・・。
「本田君のことは一目惚れだったんだけど・・・。入学式の日に初めて見てキュンときて、それでずっと片思いのままでさ」
「・・・・・」
「このままじゃダメだって、自分から動かないと始まらないって解ってたんだけど、中々勇気が出せなくて・・・。でもあの日、体育祭のあの日、これはチャンスだって、これが最初で最後のチャンスだって思って、それで・・・」
血を吐くように、心の中に溜まっていた何かをちょっとずつ言葉へと変える新島さん。
「でも、フラれちゃった。他に好きな人がいるからって・・・」
「新島さん・・・」
「本田君とは、その日以来話せてないんだ。それだけじゃなくて、クラスの皆とも気マズくなっちゃってさ」
「・・・・・」
初めて人を好きになって、その思いを抱えたまま長い時間悩み苦しんで、ようやく訪れたチャンスにありったけの勇気を絞り出して告白して、その結末がこれとは・・・。
私は改めて恋というものの理不尽さと難しさを思い知り、内心頭を抱える。つい先日私自身の言葉によって終わりを迎えた二つの恋を頭の中に思い描き、私は胸が苦しくなる。
(ともちゃん、本当にごめんなさい・・・。それと、深山君も・・・)
再びマイクをその手に取り物悲しいバラードを歌い始めた新島さんを眺めながら、私は小さく溜息を零すのだった。