第170話:新島 小春
本日は、夏休み前の最後の登校の日である。受験生である三年生を除いた学生たちは皆浮足立っており、明日から始まる怒涛の連休に彼等の顔は綻んでいた。
そしてそんな明るく楽しいはずのその日に、私の心は曇っていた。それはもう土砂降りの雷雨降り注ぐ曇天のように、真っ黒に曇っていた。
「それじゃあ、また今度ねぇ~?」
「うん、バイバ~イ!!」
クラスメイトたちが、次々と教室から散っていく。終業式と短いホームルームを終えた今は文字通り自由時間であり、待ちに待ったその時間を謳歌すべく彼等は全力で駆けていった。
「じゃあ、私は部活があるから」
そんなクラスメイトたちに続くように、彩音ちゃんが教室をあとにする。
「私も私も!あぁ~、結局この夏も部活漬けだぜぇ~~?!」
そう言って、眞鍋さんも去っていった。
「私もこのあとマネージャーしなきゃだし、二人はいつも通り帰るの?」
最後まで残っていた甲山さんが、私とともちゃんにそう問い掛けてくる。
「私は、ちょっと用事があるから・・・」
「そっか。ともっちは?」
「私は、先に帰ろうかな・・・。あとで買い物にも行きたいし・・・」
教室を出ていく甲山さんとともちゃんを、私は一人で見送る。そしてそのまま校舎内をあてどなく歩き回り、適当な空き教室へと体を滑り込ませる。
「はぁ・・・」
気マズい、超気マズい・・・。
「・・・・・」
あの日以来私とともちゃんは、表面上は今まで通り接していた。今まで通り仲の良い幼馴染として、表面上は・・・。
真鍋さんたちには私がともちゃんから告白を受けていたことは秘密だし、ましてや私がともちゃんをフッた事実を伝えるわけにはいかない。これは非常にセンシティブな話題であり、ともちゃんの心情を思うと私はただただ黙秘するしかない。
だけどまあ、私たちの間に漂うただならぬ気配は誤魔化せるわけもなく・・・。眞鍋さんたちはその頭に疑問符を浮かべながらも一先ずは静観してくれており、今のところは概ね平穏なままだ。
「もしかしたら陽介も、今頃こんな風に気マズい思いをしてるのかもしれない」
聞いた話によると、陽介は同じクラスの女子から告白されたらしい。それを受け入れたのかフッたのかは未だに分からないのだけれど、いずれにしても同じ教室でその女子と長時間過ごすだなんて、私だったら発狂ものである。
「はぁ・・・」
もう何度目になるかも分からない溜息を、私は零す。気マズ過ぎるが故に帰りの時間をずらす目的で先程は適当言ってあの場を離れたのだけれど、そろそろ私も帰ろっかな・・・。
「ん?」
そうして空き教室の窓枠から離れ入口の方へと視線を向けると、そこには一人の女子生徒の姿があった。
(えぇ~と、誰だろう?)
誰もいない空き教室で黄昏ている私が言うのもなんだけれど、彼女は一体何をしているのだろう?
(ここは部活で使う教室でもないはずだし、うぅ~む・・・)
とりあえず私は、その教室を出ることにした。彼女の目的が何であるにせよ、私がここにいたら邪魔だろうしね。
「もしかしてだけど、あなたも失恋を?」
・・・・・、え?
「横、いいかな?」
「はぁ、どうぞ・・・」
えぇと・・・。
「私は、Bクラスの新島。新島 小春っていうの」
へぇ~、そうなんだぁ~?何か、何処かで聞いたような名前だなぁ・・・。
「あなたの名前、よかったら教えてくれる?」
「・・・・・」
「ね?」
「・・・・・」
その女子生徒は儚げな笑みを浮かべながら、私へと話し掛けてくる。そんな彼女の姿に面食らった私は戸惑いながらも無難に会話を続け、そして何故か彼女に友達認定されるのだった。