第17話:変化
あの日から、もう二十日以上が経った。長そうで短かった夏休みはいつの間にかあと数日を残すのみとなり、それなのにも拘わらず日中の日差しは相変わらず凶悪なままであった。
そして、そんな夏休みも残り僅かとなったとある日の日中、私と母さんはとある建物へと来ていた。そこは私が一年半ほど通った学校であり、その校長室には普段滅多に見ることのない校長先生と、ここ数カ月間毎日のように顔を合わせていた担任の先生の姿があった。
「こちら側で必要な手続きは全て完了しておりますので」
「はい、ありがとうございます」
「一色さんも、新しい学校でも元気でね?」
「はい、今までありがとうございました」
その場で必要な手続きを済ませいくつかの書類を受け取った私たちは、朗らかな笑みを浮かべる校長先生と何とも形容しがたい表情を浮かべる元担任となった先生に向かって軽く頭を下げる。
「一色!!」
そして、いざ私たちがその部屋を後にしようとした丁度その時、私の担任だった先生が意を決したように声を上げた。
「その、なんだ・・・」
「・・・・・」
「一色の心の準備ができたタイミングでいいから、電話とかメールとかで、クラスの皆にも声を掛けてやってくれ。挨拶もなしの急な転校なんで、皆もびっくりすると思うし・・・」
そう言いつつも、変わり果てた私の姿を見て何とも決まりが悪そうな顔をする先生。
「はい、私もそのつもりです。ただ、状況が状況なので、少しだけ時間は掛かるかもですけど」
「・・・・・。そうか、そうだよな・・・」
改めて先生たちへと頭を下げ、私と母さんは校長室を後にする。
「「・・・・・」」
閑散とした廊下を通り、人気のない来客用の出入り口を抜けて、私たちは学校の敷地内に設けられた駐車場へと向かう。そして・・・。
「叔母さん、夏ちゃんもお帰り!!」
私たちの視線の先には、無駄に元気そうな一人の女の子がいた。彼女は駐車場に僅かばかりできた日陰の下でスマホを弄っており、その額には大粒の汗が浮かんでいた。
「雪花ちゃんお待たせ。暑かったでしょ?」
「はい、めっちゃ暑かったです!!」
「もう・・・。だから家で待っててって言ったのに・・・」
「えぇ~、でも、何か面白そうだったし・・・」
雪花と呼ばれたその少女と共に、私は母さんの車へと乗り込む。
「この後は市役所に行って、今日は一旦終わりかしらね」
助手席の方へと放り投げた書類に軽く視線を遣りつつ、母さんは誰にともなく呟く。
「向こうの学校には明後日挨拶に行く予定だから、その時は雪花ちゃん、よろしくね?」
「はい、任せてください!!」
学校を後にし、そのまま市役所へと向かってそこでまた長い時間を過ごし・・・。
「ただいまぁ~~!!」
そうして私たちは、家へと帰ってきた。無駄にハイテンションな女の子の後へと続き、私はその入口を通り抜ける。
「それじゃあ雪花ちゃん、夏姫のことよろしくね?」
「はい、バッチリ任せてください!!」
「夏姫も、何かあったらすぐ連絡するのよ?」
「うん、分かってる」
疲れた表情の母さんを見送って、私たちはむわっとした夏の熱気に溢れる家の奥へと進んでいく。
「いやぁ~、暑かったねぇ~」
額から零れ落ちる雫を腕で雑に拭いながら、その少女は呟く。
「とりあえず、先にシャワー浴びちゃおっか?せっかくだし、一緒に入る?」
そう言って悪戯っぽく笑い、その少女は私の右手を無理矢理絡め取って浴室へと駆けていく。
「とうちゃ~~く!!」
私を狭い脱衣所へと押し込み、自らもその脱衣所へと入り込み、そして・・・。
「さあ、夏ちゃん、服を脱ぎな!お姉さんに、瑞々しいその柔肌を見せてみな!!」
「嫌だよ、そもそも二人で入るには狭過ぎるし」
既に下着にまで手を掛け、眼前で全裸姿へと変貌した少女に向かって私は呆れたように呟く。
「てか、せめて着替えは持ってこようよ。部屋まで素っ裸で行く気?」
「えぇ~、いいじゃん。今は誰もいないし」
「いや、はしたないって」
「えぇ~」
なおも食い下がるその子を浴室へと押し込み、私は二人分の着替えを確保すべく脱衣所を後にする。
「・・・・・」
そうして向かった部屋の中で、キラリと輝く大きな存在。そんな部屋の片隅に設置された大きな姿見の中には、少しばかり髪の毛が伸び、スカートを穿いて男らしさが皆無となった私の姿が映っていた。