第160話:初耳
六月が終わり、七月になった。夏休み前に行われる最後のイベントである期末試験も無事終わり、あと数日で夏休み。
そんな学生であれば誰もが浮かれるであろう夏の日に、私は新地君と二人で雑用を任されていた。夏休み用の課題プリントの束を担任の先生の指示であちらからこちらへと運び、これって日直の仕事なんですかね?
「まあまあ、いいじゃないかこれくらい。この時期はコピー機の取り合いで、やれる時にやっとかないと大変なんだよ」
今年で四十路だという担任の先生が、額の汗を拭いながらそう語る。
「あとでコッソリ自販機のドリンク奢るから、な?」
「「・・・・・」」
廊下を行き交う他の生徒たちにも丸聞こえな時点で、コッソリも何もないと思うのだけれど・・・。
「はぁ~、運が悪かったな・・・」
「そうだねぇ~。せっかくの昼休みが・・・」
新地君と二人で愚痴を零しながら、私は教室へと向かう。
「最近は、教室まで来る奴は流石にいなくなったな」
私の隣を歩きながら、どこか憐れむような声色でそう語る新地君。
「擦れ違いざまに指差す奴もいなくなったし」
新地君の言葉通り、私という噂の珍獣を一目見ようとあの日以外にもちょくちょく教室への来客があった。来客といっても流石に教室の中までは入ってこず、開いた扉の隙間からチョロっと教室内を覗き込むだけではあったのだけれど。
他にも、移動教室の際や休憩時間中に廊下で他のクラスの人と擦れ違うと指を差されたり、何なら無遠慮に顔を覗き込まれることさえあった。流石に近くにいた女子たちが注意して事なきを得たのだけれど、そんな私を見た男子含むクラスメイトたちからは多くの労りの声を貰ったものである。
「あれから一月経ったし、流石にね・・・」
期末試験があり、このあとすぐに夏休みも控えている。彼等の中でのホットな話題は深山君をフッた珍獣からそちらへと移り、ようやく私の心の安寧が戻ってきた今日この頃。
「深山の奴も、イジられ過ぎて辟易してたみたいだし。それに、一色に迷惑かけたんじゃないかって気にしてたみたいだからさ。まあ、落ち着いてよかったよ。色んな意味でさ」
そういえば、新地君もサッカー部だったっけ。なら、その辺の事情も他の人より詳しいのかもしれない。陽介はあくまでも(仮)だし、甲山さんも女子マネージャーだから男子部員たちとはちょっと距離があるかもだし。
「てかさ、誰がこの話始めたの?甲山さんから薄っすらと聞いたんだけど、皆で深山君のことイジってたって」
「あぁ~、まぁ・・・。えぇとだな・・・」
新地君の話だと、最初のうちは部員の皆で深山君を慰めていたらしい。あのような人目のある場での告白は相当な勇気がいることだし、残念な結果にはなってしまったのだけれど、その勇気を称えていたのだとか。
そんな中で、深山君は私の容姿をベタ褒めしていたらしい。周りの人たちからはチビだのロリだの言われている私ではあるのだけれど、そんな私の容姿が深山君的にはドストライクだったのだとか・・・。
「ふ、ふ~ん?」
「・・・・・」
「で、具体的には?」
「え?」
いやだから、具体的にはどんな感じでベタ褒めしてたのかなって・・・。
「一色、お前・・・」
いや、他意はないんだよ?!でも、気になるじゃん?!私、容姿をあんま褒められ慣れてないからさ?!
「それは、俺の口からは言えない。これ以上、深山の尊厳を傷付けるのは流石に・・・」
そう言って、新地君は黙ってしまった。
「じゃ、じゃあさ、何でそこから私の話になったの?何であんなことに・・・」
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ残念ではあるけれど、一先ず私は話を本題へと戻す。
「さっきも言ったけど、深山が一色の容姿をベタ褒めしたんだよ。で、だな?」
だから、それほど言うなら皆で一目見てみようぜとなり、一部の人たちがそれを実行。そして、サッカー部員たちから又聞きで広まった私の話は各教室内の男子間で共有され、あんなことに・・・。
「おい・・・」
「いや、俺は何も言ってないから?!俺は黙ってたから?!」
私の視線を受けて、新地君は狼狽する。
「一応、同級生の部員にはそれとなく話したんだぞ?迷惑になるからやめとけよって?」
「・・・・・」
「でも、先輩たちもノリノリだったし、俺だけじゃ何とも・・・」
実際問題、その場には先輩たちもいたみたいだし、そのような場で流れを変えるのは一下級生には厳し過ぎるか・・・。
「何ていうか、悪かったよ」
「え?いや、別に謝ってほしかったわけじゃ・・・」
私はただ、どういった経緯であんなことになったのか知りたかっただけで・・・。
「「・・・・・」」
何か、気マズくなってしまった。この空気、どうしよう。
「そ、そういえば、サッカー部の一年で女子から告白された奴がいたな?!」
新地君が、突然そう叫ぶ。多分この微妙な空気を変えようとしてくれているのだろうけれど、その話題、私に関係ある?
「そいつはサッカー部員っていうか、何でか知らないけどまだ仮部員のままなんだよ」
「へぇ~?」
「名前は、本田 陽介って奴」
「・・・・・」
自分自身の、頬が引き攣るのを感じる。口元が、不自然に痙攣するのを感じる。
「ちょっと、あっちで詳しく聞かせてくれない?」
「え?」
「いいから、ほら!!」
小柄な女子によって、空き教室へと引き摺られていく男子生徒。そんなある種異様な光景はそこそこに目立っていたのだけれど、この時の私はそんなことを気にしている心の余裕など無かったのである。