第151話:困惑
どこか懐かしさを感じる曲を聞きながら、私はグラウンドの中央をぼんやりと眺めている。そんな私の視線の先では同年代の男女たちが楽しそうに笑い合いながら、各々適当なダンスを踊りふざけ合っていた。
「いやぁ~、まさか、まさかだよねぇ・・・」
私の隣に突っ立っているともちゃんは、苦笑いを浮かべていた。
「まさか、よりにもよってなっちゃんに告白するなんて・・・」
つい先程、今年の体育祭実行委員たちによって引き起こされた騒乱。その中で私は、あろうことか峰島中学時代の元クラスメイトである深山君から告白されてしまったのである。
あまりの想定外の事態に、私は激しく困惑し狼狽した。しかしながら荒れ狂う心の内の割りに私の口は自然と動き、すんなりとお断りの言葉が出てきたのである。
それもこれも、従妹の雪ちゃんによって一年半もの間鍛えられたお陰かもしれない。彼女の教えがあったからこそ、私は今回の危機的状況を脳死状態でも対応できたのかもしれない。
彼女からは望まぬ告白の断り方から痴漢の撃退方法まで様々なことを叩き込まれたのだけれど、小柄な体躯と私の性格故に今までは殆ど役に立たなかったんだよね・・・。カラオケ店で絡まれた時は声も出せなかったし、誕生日の時に貰った防犯ブザーはまさか本当に使いどころがくるとは思わず家に置いてきてしまったし・・・。
(雪ちゃんには、今度改めてお礼をするとしようそうしよう)
高校受験に失敗してしまったせいで引き続きお小遣いを大幅に減額され、休日の行動すらも大きく制限されてしまった従妹に私は心の中で感謝の念を送る。
「それにしても、告白されたってことはつまり、なっちゃんの正体にまだ気付いてないってことだよねぇ~?」
「いやまあ、それはそうでしょ・・・」
夏樹イコール夏姫に気が付いていたのならば、仮に冗談だったとしてもそんなことしないだろう。しないよね?
「多分だけどさ、今回のイベントでは半分おふざけというか、ノリに任せての告白が多かったと思うのね?勿論、全く気が無かったわけではないと思うけどさ」
「・・・・・」
「だけどさ、あれはマジだと思うわ。夏姫ちゃんにフラれた時のあの顔、あれはガチだわ」
「・・・・・」
近くにいた甲山さんが、冷静に分析している。う、うう~ん、マジかぁ・・・。
「でも、何で急に・・・」
夏樹イコール夏姫の件は一旦置いておいて、私と深山君との関わりなんて最近始まった体育祭関連のことだけなのだ。駅なんかでは偶に擦れ違うことはあるにせよ、それ以外は殆ど顔を合わせることすらなかったはずなのに・・・。
「いやまあ、一目惚れなんてそんなものだから」
代わる代わるたくさんの女子たちと踊る上月先輩を死んだ目で眺めながら、眞鍋さんは語る。
「この感覚は、経験したことのある人しか解らないかなぁ~」
眞鍋さんは上月先輩から視線を逸らし、今度は鈴木君へとその視線を向ける。その先で鈴木君は複数の先輩女子たちに取り囲まれており、アワアワしていた。
「ちっ」
「「「「・・・・・」」」」
「はぁ~」
「「「「・・・・・」」」」
舌打ちし、深い溜息を零す眞鍋さん。私はそんな彼女からそっと視線を外し、グラウンドの一角へと目を向ける。
「・・・・・」
私の視線の先では、同じクラスの男子たちに囲まれた深山君の姿があった。彼はクラスメイトたちから代わる代わる慰められているのか揶揄われているのか、とてもバツの悪そうな表情をしていた。
「おっ、そろそろお開きかな?」
閉会式が終わってから早一時間。 今年の体育祭実行委員たちによって無理矢理引き伸ばされたお祭りは、眦をつり上げ始めた教師陣によって呆気ないほどサックリと幕を閉じたのだった。