第150話:狂乱と熱病
全ての競技が終了し、結果発表も終わった。長いようであっという間だった体育祭は今、終わりを迎えようとしていた。
「いやぁ~、何だかんだで楽しかったねぇ~。いい意味で熱くなれたっていうか、偶にならこういうのも悪くないかも」
運動嫌いのともちゃんにしては珍しい意見だ。とはいえ私も極一部の出来事を除けば非常に楽しめたので、その気持ちは解らなくもない。
「片付けは、明日運動部がやるんだっけ?」
「そうみたいだね。ちょっと申し訳ない気もするけど・・・」
日除け用のテントなど、使われている備品の多くは運動部が所有する物だったりする。だから扱い慣れた運動部の部員たちが設置及び片付けを主導し、そのお陰で帰宅部の私たちの負担は非常に少ないのだ。
「別に手伝ってくれてもいいんだよ?手伝っちゃダメっていう決まりはないし」
汗臭い青春を満喫中の眞鍋さんの言葉に、私たちは首を横に振る。片付けるといっても残りは日除けテントくらいになるので、非力な人間がたくさんいてもそれは寧ろ邪魔になるだろうしね。
「というわけで、よろしくお願いします」
「私たちは家でゆっくりしてるから、片付けは任せた!!」
「えぇ・・・」
そんな感じで整列したまま軽口を言い合い、私たちは解散の合図を待っていたんだけれど・・・。
「それでは最後に、本校の伝統である男女ペアによるフォークダンスを行います。気になる相手のいる方は是非この機会に思いをぶつけ、そして・・・、潔く散ってください」
全てが終わったと思い気を抜いていた私たちの耳に聞こえてきたのは、プログラムに書かれていなかったダンスの案内。
「それでは、今から十分後に音楽をかけるので、サッサと告りやがれコノヤローーーーッ!!」
「「「「「うおぉーーーーーっ!!」」」」」
スピーカー越しに聞こえてくる司会役生徒のヤケクソな叫び声と、それに呼応する生徒たち。
「立花さん!俺と踊ってください!!」
「え?普通に嫌だけど」
「林君!私と踊って!!」
「ゴメン・・・。俺、彼女がいるんだ、二次元の・・・」
そこかしこから、悲鳴が聞こえてくる。
「上月先輩!好きです!!」
「あぁ、うん・・・。ありがとう・・・」
「上月先輩!私も上月先輩のことが・・・」
「あぁ、えぇと、その・・・」
それらは全て失恋の悲鳴であり、喜びの悲鳴など一つも聞こえてこない・・・。
「凄いねぇ~」
「そうだねぇ・・・」
「何ていうか、カオスだねぇ~」
ちなみになんだけれど、ウチの学校にこんな伝統はないらしい。これは今年の実行委員たちによる悪ノリであり、詰まるところ体育祭最後のお遊びなのである。
「ウチは進学校だから、先生たちもお堅いんだけどさぁ~。でも、偶にはこういう遊びも必要じゃない?」
先輩から事の経緯を聞いていたらしい甲山さんが、そう言葉を発する。
「男女ペアでの競技を混ぜ込んでいるのも、桃色の青春を夢見た過去の先輩たちの努力と絶望の結晶みたいだし。だから一組くらいはガチのカップルが誕生すると、先輩たちも報われるんだろうけどなぁ~」
非日常の中で、熱に浮かされた生徒たち。いつもは日常故の冷静さと現実的な思考によって抑えられていたその感情が、この場に蔓延する異様な雰囲気に触発され爆発している。
そしてその熱は、私の知る人物の脳までも沸騰させてしまったらしい。突如近くに現れたその人物は顔を真っ赤にしながらも、ハッキリとした口調で私に話し掛けてきた。
「一色さん、ちょっとだけいいかな?」
「え?あ、はい・・・」
その人物とは、深山君。
「初めて会った時から気になってたっていうか、一緒に過ごすうちにもっと気になっていったっていうか」
彼は、過去の私を知っている。夏姫じゃない私を、夏樹だった頃の私を彼は知っているのである。
「だから、その・・・」
そんな彼は頬を真っ赤に染めたまま、再度私の顔を真正面から射抜いてきて・・・。
「俺と一緒に踊ってください!!」
「「「「「おぉ~~」」」」」
「俺と、付き合ってください!!」
「「「「「おぉ~~~~!!」」」」」」
・・・・・・・・・・・・・・・、え?