第149話:日常の中の非日常
学校生活という日常の中で、体育祭とか文化祭とか修学旅行とか、そういった行事は通常の学校生活からほど良く離れた非日常である。同じ事の繰り返しになりがちな授業風景の中で、それらのイベントは多くの生徒たちにとって息抜きとなり、私たちに様々な刺激を与えてくれる。
運動が得意ではなく、体育祭に対して熱量の低いこの私でさえその日は心がザワつく。普段とは違うクラスメイトたちの暑苦しい雰囲気に当てられて、私の胸も高鳴るのである。
「絶対に勝つぞぉーーーーっ!!」
「「「「「おおぉーーーーっ!!」」」」」
「絶対に優勝だぁーーーーっ!!」
「「「「「おおぉーーーーっ!!」」」」」
生徒だけでも、その数は七百二十。先生たちの数も含めれば、その数は八百近くにもなる。
そんな途方もない数の人々が学校のグラウンドへと一堂に会し、辺りは凄まじい熱気に包まれる。いつもであれば勉学のために静まり返っているであろう敷地からは、大地を揺るがすかの如き振動が響き渡ってくる。
「はぇ~。中学時代と比べると、迫力が全然違うねぇ~」
日除け用のテント内で隣に座るともちゃんが、感慨深そうに声を上げる。
「まあ、単純に人数が二倍以上になってるからねぇ~」
峰島中学にしろ大葉中学にしろ、一学年当たりの人数はおおよそ百人くらいだったからなぁ~。それが一学年二百人越えで、それが三学年分あるわけで・・・。
「人数もそうだけどさ、一つ一つの競技の迫力っていうか・・・」
私たち一年生はともかくとして、二年生とか三年生とか、先輩たちはとにかくゴツい・・・。高校生にもなれば相応に体は大きくなるのだろうけれど、特に先輩男子たちの筋肉質な体は小柄な私からしたら本当に同じ人間なのかと疑いたくなるくらいにガッチガチであり、詰まるところ、ゴツい・・・。
「おぉ~、すげぇ~。人がまるでゴミのようだ・・・」
その競技は、棒倒しというらしい。昔は小中学校でも行われていたらしいのだけれど、私はそれを体験したことがない。
「あんなの、人ができる動きじゃないよ・・・」
「そうだねぇ~。なっちゃんには無理だろうねぇ~」
上半身裸となり、激しくぶつかり合う先輩男子たち。もしも私が男子のままだったならば、私は間違いなく来年の体育祭を病欠していたことだろう。
「おっ、次は二年生の女子の番か」
ドン引きするほどに激しかった男子たちの競技に対して、女子たちの競技のなんと平和なことか。集団になってただ縄を引っ張り合うだけのそれは見ていて微笑ましく、私は今、女子で良かったと心の底からそう思えたのだ。
「私、女子で良かったかも」
「え?」
「今、初めて心の底からそう思えたかも」
「・・・・・」
二年男子による棒倒し、それに続く二年女子による綱引き。そして・・・。
「一色さん、頑張ろうね?」
「あ、うん・・・」
私は、改めて思う。今の私の状況って、やっぱクソだわ・・・。
「どうせなら一番を取りたいよねぇ~、あんなに練習したんだし」
「・・・・・」
伊達メガネをクイっとあげ、前髪で顔を隠して・・・。必要最小限の会話に留め、私の中から夏樹という存在を可能な限り消し去って・・・。
「位置に着いて、よぉーーい・・・。『パン!!』」
合図とともに、私は駆け出した。身長差に四苦八苦しながらも、私は必死に手足を動かした。少しでも早くゴールし、一刻も早く深山君から離れるために。
それは偏に私の秘密を守るためであり、深山君に対しては非常に申し訳なくも思うのだけれど。でも、仕方がないのだ。だって、身バレしたら絶対に面倒なことになるし・・・。
「ゴーーーール!!」
ゴールテープを切り、私たちは一着でゴールした。ゴール地点にいた審判の声と遠くから聞こえる声援が、私の鼓膜を激しく揺さぶる。
「やったよ!やったよ一色さん!!」
紐を解く間もなく、深山君はそう言って私に抱き着いてくる。
「一着だよ一着!!俺たち凄くない?」
紐を解いたあとも深山君のテンションは高いままで、彼はベタベタと私に触れてきて・・・。
「ナイス深山!それと一色さんも!!」
「二連続で俺たちが一位だし、練習の成果が出てるんじゃね?」
それは、非日常であるが故なのか。いつもとは違った特別な空気故なのか。普段であれば適切な距離に保たれているであろう男女間の距離は、その日ばかりは異様に近くて・・・。
「うっしゃーーっ!このまま他の組を突き放して、俺達が勝つぞぉーーーーっ!!」
「「「「「おおぉーーーーっ!!」」」」」
あの、そろそろその手を離してもらえますかね?