第14話:動揺
羞恥に塗れた様々な検査を終え、待合室で待機すること数十分後、僕たちは再び診察室へと呼ばれた。
「大変お待たせしました。一先ず、そちらにお掛けください」
女医さんに勧められるがままに椅子へと腰を下ろし、僕は審判の時を待つ。
「長い時間お疲れ様でした。一通りの検査結果が出ましたので、それをお伝えしますね」
「「・・・・・」」
「単刀直入に言いますと、夏樹さんの症状は命に関わるものではありません。また、長期入院等を必要とする疾患でもありません。その点、先ずはご安心ください」
僕と母さんは、その言葉を聞いて安堵の溜息を零す。だけど、それじゃああの血は一体・・・。
「では、今朝方夏樹さんに見られた症状の説明に入りますね?」
「「・・・・・、ゴクリ」」
「多少ビックリされる内容だとは思うのですが、落ち着いて聞いてくださいね?」
そう言うと、女医さんはその視線を僕たちの後ろで待機していた看護師さんたちへと向ける。そんな女医さんの視線を受けた看護師さんたちは、分かってますと言わんばかりに力強く頷いている。
「夏樹さんに見られた症状、あの出血は、月経によるものです」
「え?げ、ゲッケイ?」
女医さんの口から放たれた聞き慣れぬ言葉に、僕は思わず聞き返す。
「より分かり易い言葉で説明すると、所謂女性の生理ですね。お母様なら、勿論分かりますよね?」
「え?まあ、はい・・・」
「夏樹さんは、少しだけ珍しい体質のようでして。医学的には性分化疾患と呼ばれるのですが、夏樹さんの体の中には、子宮とそれに繋がる卵巣が見られるのです」
「「・・・・・」」
女医さんの口から放たれる言葉を、僕は飲み込むことができない。え?シキュウ?ランソウ?え?
「あの、先生?それはつまり、どういうことなのですか?」
「患部の触診とCT画像から分かったのですが、夏樹さんには一般男性に見られる精巣が存在しません。その代わり、体内には一般女性に見られる子宮と卵巣が確認できます」
「「・・・・・」」
「つまり、夏樹さんは男性ではなく女性だったということです。おそらくなのですが、本来肥大化することのない陰核部が胎児の頃に異常成長し、それによって出生時に男の子と判断されたのかと」
僕の斜め後方に控えていた母さんが、ヨロヨロとよろける。そんな母さんをすぐ近くで待機していた看護師さんたちが支え、近くにあったベッドへと誘導していく。
「私たちも、あちらの方に移動しましょうか?」
母さん同様茫然自失となった僕を、女医さんはそう言ってベッドの方へと誘導する。
「あの、先生?」
「はい、何でしょう」
「夏樹は、夏樹は今後どうすれば?」
「・・・・・」
明らかに動揺した様子の母さんが、ベッドに横になりながら女医さんに尋ねる。
「『どうすべき』というのを、私たちから申し上げるのも難しいのですが」
「「・・・・・」」
「一応、『こういった処置が可能です』というのを、提案することはできます」
「「・・・・・」」
市立病院に勤める桜田先生にとっても、僕のような症例を直に見るのは初めてらしい。それ故にどうすべきなのか先生自身も即断することはできず、非常に難しそうな表情を浮かべている。
「夏樹さんの今の状態は、所謂普通の疾患とは異なります。命に関わるものでもないですので、それを処置すべきなのかどうかは判断が分かれることでしょう」
「「・・・・・」」
「ですが、このままの状態では夏樹さんが大変な思いをすることも事実です。ですので、先ずは一度お家へと帰り、ご家族でお話されてみてはいかがですか?」
「「・・・・・」」
その日は、それ以上の処置を受けることなく家へと戻った。仮に処置を行うとしても色々と前準備が必要になるし、追加でより精密な検査も必要となるからだ。
「「・・・・・」」
家へと戻った僕たち二人は、ダイニングの椅子に深く腰掛けたままボーっと魂が抜けたように虚空を眺めていた。そして、そんな僕たちを見た仕事帰りの父親は、色々と察したように母さんと僕の頭を優しく撫でるのだった。