第136話:恋という名の病
恋とは何だろう?何故人は恋をするのだろう?人と付き合うとはどういうことを指すのだろう?LIKEとLOVEの境目はどこに存在しているのだろう?
そんな取り留めのないことを考えながら、私は通学路を歩く。私の横にはいつもの如くともちゃんがいて、彼女は普段通りの笑顔を浮かべながら眞鍋さんたちと会話している。
「はぁ~、今日はいよいよ身体測定かぁ~」
「確か、二時限目が終わったあとから始まるんだっけ?面倒だよねぇ~?」
それはありふれた日常会話であり、特筆すべき内容ではない。昨日のともちゃんの部屋での遣り取りのように生々しくも熱量があり、感情が大きく動かされるような内容ではない。
そんな平和で落ち着いた雰囲気の中、私たちは歩みを進める。そうして歩みを進めた先にはたくさんの大宮高校生たちの姿があり、その中には見知った人の姿もあった。
「あっ、上月先輩!!」
「「「えっ?」」」
「女子たちをあんなに引き連れているなんて、流石上月先輩」
「「「・・・・・」」」
瞳をキラキラとさせた眞鍋さんを、ともちゃんたちは微妙な表情を浮かべつつ眺めている。そんなともちゃんたちの視線を意に介する様子もなく、眞鍋さんはハアハアと息を荒げていく。
「上月先輩がカッコイイのは解るけどさ、でもあの人は・・・」
「さっちゃん、上月先輩は止めといた方がいいと思うよ?何ていうか、色んな意味で・・・」
ルックスが良くて誰にでも分け隔てなく優しくて面倒見が良くて、そんな上月先輩の姿はいつぞやの鈴木君と重なる。大葉中学時代の鈴木君もまたルックスが良くて頭も良くて、他の男子たちと比べて言動がスマートであったが故に多くの女子たちからモテていた。
私自身も彼に対して悪い印象は抱かなかったし、恋愛的な意味でこそないものの彼には好意を抱いていた。性差故にどうしても距離ができがちな思春期の男女間において、ルックスの良さと人当たりの良さは非常にポジティブに働くのだろう。
「三番目でもいいの!私は一番じゃなくてもいいから!!」
「いや・・・、三番どころかあれじゃあ十番以内も怪しいって?!」
「そうだよさっちゃん!目を覚ましてよ!!ちゃんと現実を見てよ!!!」
上月先輩の周りには、十人以上の女子生徒たちがいた。おそらく上級生なのであろう彼女たちは代わる代わる上月先輩へと声を掛け、上月先輩は満面の笑顔を浮かべながら律儀にそれに答えていく。
「あぁ~、やっぱいいわぁ~。あの顔、あの笑顔・・・」
「「「・・・・・」」」
「筋肉も良い具合だし、高身長だし・・・」
「「「・・・・・」」」
桃色の青春を送るために、好きだったバスケ部への入部を諦めた眞鍋さん。上月先輩を見つめる彼女の表情は所謂恋する乙女というか何というか、非常に形容しがたい表情をしていた。
いつもはクールで頼りがいがある眞鍋さんではあるのだけれど、今の彼女はその真反対のオーラを醸し出しており、率直に言って非常に危なっかしい。そしてそれは昨日見たともちゃんの様子と酷似していて、それがまた私の心の内をザワつかせる。
(恋というものは、ここまで人を狂わせてしまうのか・・・)
私の幼馴染であるともちゃんは、あろうことか私のことが好きらしい。それもLIKEの方ではなくて、LOVEの意味で・・・。
それはたいへん光栄で嬉しいのだけれど、一方で私は戸惑いというか何というか、ともちゃんのストレートな好意を受け止めきれずにいるというか・・・。
(新地君も、こんな気持ちだったのかなぁ・・・。幼馴染の女の子にいきなり告白されて、でも自分自身は全くそんなこと考えていなくて・・・)
そもそも私は誰かのことが好きだとか誰かと付き合いたいだとか、そんなことは今まで考えたこともない。従姉の秋葉お姉ちゃんが所有する漫画の世界のように、どこか遠い場所での出来事のように考えていたのだ。
恋愛というものにリアリティが持てなくて、それは私自身がモテる要素皆無だったからこそ余計にそうだったのかもしれないけれど、そんなフィクションの世界限定だと思っていた恋愛というものがいざ目の前に現れてもそうそう上手く対応できないというか・・・。
とにもかくにも、私は今悩んでいる。ともちゃんからのアプローチに対してどう答えるべきなのか。
私のことが好きだと告白されてから、もうだいぶ経つ。そして昨日改めて告白され、その上男だとか女だとか関係なく好きだとまで言われ、あぁ・・・。
(陽介・・・)
頼りになるハズの陽介は、今ここにはいない。様々な偶然と不幸が重なって、彼とは最近まともに話せていない。
(いやまあ仮に話せたとして、陽介を困らせるだけだろうけどさ・・・)
そうこうするうちに校門を潜り教室へと辿り着き、いつも通りの高校生活が始まる。今日もまた私は答えの出ない難問に頭を抱え心を疲弊させ、一人ウジウジと悩むのだった。