第134話:とある日の登校風景
朝である。登校の時間である。私はいつもの如くもぬけの殻となった家の扉の鍵を閉め、眠そうな表情のまま大きな欠伸を零すともちゃんと合流する。
「おはよう、ともちゃん」
「うん、おはよう。ふぁ~~」
本来であれば一緒に登校するハズであった陽介は、今この場にいない。高校への初登校の日を除いて、私たちは三人で登校できていない。
私たちが住む家から駅までは、そこそこ時間がかかる。だからそこまでは武井君の視線を気にする必要はないと思うのだけれど、うう~む・・・。
「陽介は、今日も先に行っちゃったんだ・・・」
「まあ、仕方ないんじゃない?陽介にも色々とあるだろうし。それに美少女である私たちと一緒に行動するのは、年頃の男子としては恥ずかしいのかもよ?」
自らを美少女だと豪語する幼馴染の少女に、私はジト目を送る。
「な、何よ?」
「いや、別に・・・」
とにもかくにも、いないものは仕方がない。私は眠そうに目を擦るともちゃんと共に歩道を進み、やがて駅へと辿り着いた。
「「・・・・・」」
目的の電車が来るまで、残り十分ほど。駅のホームには大宮高校生たちが大勢集まり、私たちの視線の先には男子たちと仲良さそうに会話する陽介の姿も・・・。
「あれは、深山君と内田君?」
「そうだねぇ~」
「あの二人も大宮だったんだ?」
「そうみたいだねぇ~」
陽介と会話していたのは、峰島中学時代に同じクラスだった深山君と内田君。彼等も元々はサッカー部員だったし、他の男子たちと比べるとそこそこ記憶に残っている。
「そういえば、名簿にそれっぽい名前があったかも?」
一学年につき二百四十名もいるし、同姓同名の別人の可能性もあったのであくまでも「もしかしたらそうかも?」程度に思ってはいたのだけれど、なるほど本人だったのか・・・。
「クラスも違うし、人も多いから意識してないと分からないもんねぇ~」
そう言って、ともちゃんは辺りを見回している。
「私たち一年だけじゃなくて、二年生とか三年生とか、他にもたくさん人がいるし・・・。それにクラスが違うと、一緒に行動する機会も中々ないしさ」
駅のホーム上には、ともちゃんが言う通りたくさんの人がいた。今は通学通勤ラッシュの時間帯であり、そろそろ体を動かすのも難しくなってきた。
「ともっち!なっちゃんもおはよ~う!!」
「あ、さっちゃん!おはよう!!」 「おはよう」
人混みの向こうから、私たちを見つけた眞鍋さんが挨拶しながら近付いてくる。
「いやぁ~、今日も混んでますなぁ~」
「そうだねぇ・・・。これが毎日続くと思うと、流石に萎えるねぇ・・・」
眞鍋さんの背後には、甲山さんの姿も。二人は家が近い関係でよく一緒に登校しているらしく、だいたい二人一緒に私たちの前に現れる。
「でも、今日さえ乗り越えられれば週末だから!明日は休みだから!!」
既にクタクタな様子の甲山さんはそう自分を鼓舞しており、そんなタイミングで丁度電車がやって来た。そして激込みの電車内で地獄の時間を過ごし、そんな空間から解放された私たちはヨロヨロとした足取りで校舎を目指す。
「詳しいことはまたあとで話すんだけどさ、やっぱ紗彩も巻き込んどいた方がいいと思う。それとなく探りを入れた感じ、やっぱ気になってるみたいだったし」
そう小声で呟く眞鍋さんに、私の心は重くなっていく。
「今週末の土曜か日曜日、駅前のカラオケ店に集まれない?」
「お~け~。あとで予定確認しとく」
そうしてその日も一日が始まり、やがて夕方となった。
「はぁ・・・」
家へと帰り着き、服を着替えて荷物を投げ捨てて・・・。
「また、あの話をするのか・・・」
私は深くて重い溜息を零しながら、誰にともなく呟いたのだった。