第125話:始まり
この春から私たちが通うことになる高校、その名も県立大宮高校。それは私たちが住む街から電車で二駅先にあり、全校生徒合わせて七百名以上にもなるそこそこに大きな普通科高校である。
そしてそんな高校の教室の一つに、私はいた。今は入学式と長いホームルームが終わり、このあとは各施設の案内とか部活動紹介とか、そんな感じのイベントが待っているらしい。
「いやぁ~、一緒のクラスになれて良かったねぇ~」
担任の先生の退場とともにザワつき出した教室内を見るともなしに眺めていると、近くの席に座っていたさっちゃんこと眞鍋 沙紀さんが私に話しかけてきた。眞鍋さんはともちゃんの親友でありそれと同時に彩音ちゃんや桜ちゃんの幼馴染でもあり、中学三年時のとある出来事を切っ掛けとして私は彼女とちょくちょく連絡を取るようになっていた。
「六クラスもあると流石に皆バラけちゃうから、こうして顔見知りがいるだけで心強いっていうかさ。私、こう見えて結構な人見知りだから」
そう言ってニカっと笑う彼女はどう見ても人見知りには見えず、真の人見知りである私としては苦笑いするしかない。
「夏姫ちゃんは、誰か知り合いいる?向こうの中学の知り合いとかさ」
「うん、一応いるけど・・・」
この教室にいる生徒は、全部で四十名。その中には私たち以外にもともちゃんとか桜ちゃんとか、他にも何故か新地君とかがいた。
「てことは、向こうの中学の知り合いは二人?」
「うん、そう。他のクラスも含めればもっといるんだけど・・・」
元学級委員長で現BL普及委員会会長でもある枕崎さんとか、無駄にハイスペックだった本好きの鈴木君とか・・・。
「ちなみになんだけどさ、廊下側から二列目の最前列に座っているの、峰島中学の元クラスメイトの甲山 美月って子なんだけど・・・。勿論覚えてるよね?」
そう言って眞鍋さんが視線を送るのは、長い髪の毛を後ろで一つ縛りにした女子生徒だった。
「・・・・・。ウン、モチロンオボエテルヨ?」
ホントダヨ?ウソジャナイヨ?
「えぇ~、何で片言?」
「・・・・・」
「いやまあ、別にいいんだけどさ」
「・・・・・」
いやだってしょうがないじゃん?!事前に配られた名簿で名前は一通り見たんだけど、一年生は全部で二百四十人もいるんだよ?!
それに顔合わせは今日が最初だし・・・。だから名前を憶えていたとしても、それがかつてのクラスメイトとは限らないじゃん?!同姓同名の別人かもしれないじゃん?!
誰に向けての言い訳なのか、私は心の中でそう絶叫する。勿論現実の私は気マズそうに視線をあちこち飛ばしているだけであり、それを見た眞鍋さんは苦笑いを浮かべていた。
「それにしても遅いなぁ~。先生の話だと、上級生が施設案内と部活紹介をしてくれるって話だったんだけど・・・」
気マズい空気を変えるために、私はそう言って話題を逸らす。それに小声で話しているとはいえ、これ以上この話題を続けるのは私の秘密を守るためにもあんまりよろしくないだろうから。
「夏姫ちゃんは、何か部活入るの?」
「う~ん、どうだろう・・・。一通り見てみようとは思うけど、たぶん入らないかなぁ~」
「へぇ~、そうなんだ?やっぱ運動とか苦手?」
「苦手っていうか・・・。私、放課後はそれなりにやることがあるっていうか・・・」
ウチは両親ともに忙しいから、買い物とか夕食の準備とか、できることはやっておきたいんだよねぇ~。
「そういう眞鍋さんは、どこか入る予定はあるの?」
「私は元バスケ部だから、バスケ部入ろうかなって」
そっかぁ~、バスケ部かぁ~。身長の低い私には絶対に無理な部活だなぁ・・・。
「そんなことはないよ?身長の低いプレイヤーはそこそこいるし」
「えぇ~、本当に?」
「うん、ホントホント。ただ、基本的には不利だから、よっぽど上手い人じゃないと厳しいってだけ」
「いや、それ私には無理じゃん・・・」
そうして教室内で駄弁ること十分後、教室前方の入り口から現れたのは一人の上級生。
「お待たせしましたぁ~!!いやぁ~、遅れてゴメンね?僕は三年の上月 満っていいます。以後よろしく~」
砕けた口調ながらもメガネを掛けたその顔は非常に理知的で、体格もほどほどにがっしりとしており、一言でその先輩を言い表すならば、詰まるところただのイケメンであった。
「「「「「ほぅ・・・」」」」」
教室中の女子生徒たちの口からは、甘い吐息が零れている。
「「「「「ちっ」」」」」
教室中の男子生徒たちの口からは、怨嗟の吐息が零れている。
「とりあえず、先に施設案内から済ませちゃうから、出席番号順に並んでくれる?」
こうして、私の高校生活は幕を開けたのであった。