第124話:暗雲
一年半ぶりになる幼馴染たちとの登校、それは非常に懐かしくてとっても楽しくて、だけれども以前とは変わってしまった私たちの関係に戸惑いも覚え何とも言えない気持ちになったりもして・・・。そんな嬉しさと若干の寂しさが入り混じった複雑な感情に心を揺さぶられながら、私は駅を目指していた。
「あ、そういえばさ、ちょっと話しておきたいことがあるんだけど」
「ん、何?」
「夏姫は、武井 紡って覚えてる?ほら、中学時代にサッカー部の部長をしてた」
三人揃って駅を目指しながら喋っていると、陽介は突然私にそう尋ねてくる。
「あぁ、うん、覚えてるけど・・・。それがどうかしたの?」
武井君と言えば、体が大きくて目付きが怖くて言動が粗暴で、私が苦手な男子ランキングの堂々一位を飾る男子である。
「そうそう、その武井なんだけどさ、あいつも大宮高校なんだよな」
「・・・・・、え゛?」
「だから、駅とか学校では俺と距離を取っていた方がいいっていうか、あいつに目を付けられると色々面倒だろ?」
「・・・・・」
え?嘘・・・。武井君、大宮を受験したの?!
「何で?!」
「いや何でって、そんなの知らんけど」
だって、武井君ってサッカーバカじゃん?!私はてっきり部活動が盛んな私立に行くものとばかり・・・。
「そのことなんだけど、武井はもうサッカーやってないぞ?」
「え?」
「武井、二年生の冬の時の練習試合で怪我をして、それっきりサッカーはやってないんだよ」
「そ、そうだったんだ・・・」
陽介の話によると、武井君に関する話はクラスメイトや親しくしていたサッカー部の後輩たちから伝え聞いたものであるらしい。陽介と武井君は微妙な関係にあったし、それもあって私の幼馴染は彼との接触を可能な限り避けていたのだとか。
「だからその時の怪我の程度とか、サッカーをやらなくなった理由とか、詳しいことは知らない。サッカー部の男子たちもそこまで詳しくは話してくれなかったし、あんまり根掘り葉掘り訊くのも何だったしなぁ~」
な、なるほどねぇ・・・。怪我が切っ掛けでサッカーを・・・。
「でも、あれだけ好きだったサッカーをやってないってことは、それだけ大きな怪我だったのかな?」
「う~ん、でも、それならもっと噂とか聞こえてきそうなものなんだけどなぁ~。骨折とかで松葉杖ついてたりしたら、嫌でも目立つだろ?」
「ふ~ん?ともちゃんは何か知らないの?」
「ん?知らない。そもそもクラスが違ったし、あんまり関わったこともなかったから興味もないし」
その後も、駅へと向かう道すがら私の耳へと聞こえてくる聞きたくもない情報のオンパレード。
「てかその情報、もっと早く聞きたかったかも・・・」
「いや、俺も武井が大宮受験するなんて思ってなくてさ。サッカーのことはともかくとして、どこかしらの私立に行くんだって勝手に思ってたし」
「なのに、どうして・・・」
「それは知らんけどさ・・・。で、最近仲の良い男子からその情報を聞いてな?だから、一応共有しておこうと思って」
そうして話すうちに駅へと着き、そこには当然私たち以外の学生たちの姿も見え隠れしている。
「というわけで、ちょっと俺は離れとくわ」
「えぇ・・・」
「暫くは様子見のために、学校でもあんまし喋らないようにしよう。幸か不幸か、二人とはクラスも違うしな」
せっかく、また三人で楽しく過ごせると思っていたのに。勉強嫌いなともちゃんも、この日のために顔色が青白くなるまで必死になって勉強したというのに・・・。
「何で、こんなことに・・・」
暖かく爽やかな空気が満ちるハズの春の駅で、私の心はドス黒い何かで埋め尽くされていく。何処へ向ければよいのか判然としない怒りと悲しみを抱えながら、目的地へと向かう電車が来るのを私は真顔で待ち続けるのだった。