第119話:女王様の裁定
昼食を食べ終えた陽介も加えて、私たちは再び三人での勉強会を再開した。綺麗にしたテーブルの向かい側にはともちゃんが、私の隣には陽介が座り、三人揃って問題集に取り組んでいた。
「「「・・・・・」」」
いつもであれば多少の雑談や質問なども挟みつつ仲良く勉強に取り組む私たちなのだけれど、今の私たちは終始無言。戻ってきた陽介は露骨に私から視線を逸らし、非常に気マズそうな様子で問題集に取り組んでいる。
「あ、あの、陽介?」
「・・・・・。何だ?」
「いや、えぇと・・・。何でもない・・・」
先ほどの不幸な事故によって、私は剥き出しになった股間を陽介に見られてしまった。でも、あれは文字通りただの不幸な事故だし、それに陽介は身長が私よりも高いから上着の裾に隠れてそこまで露骨に見えなかったんじゃないかとも思うのだけれど。
とはいえ、仮にそうだったとしても、お互いに気マズくなってしまうのは仕方がない。私が男子のままであったのならばちょっとした笑い話で収まっていたのかもしれないのだけれど、性別が変わってしまった今となってはちっとも笑えない。
「あ、あの、陽介?」
「・・・・・。次は何だ?」
「私はそのぉ~、さっきのことはあんまり気にしてないっていうか・・・」
私は試しにそう言ってみるけれど、陽介の反応はいまひとつだった。陽介は真面目で優しいから、まあそうなるよねぇ・・・。
「「「・・・・・」」」
うぅ~、何というか、非常に気マズい・・・。陽介に下半身を見られたという恥ずかしさもさることながら、よりにもよって私が最も頼りにしている幼馴染とこんな状態になってしまうなんて・・・。
私はチラリチラリと陽介に視線を向けてみるけれど、彼はその視線を問題集へと固定し、私の方なんて見向きもしない。
「「「・・・・・」」」
そうして、時間だけが過ぎていく。あと一時間もすれば陽介たちのご両親は帰ってくるだろうし、私の両親も仕事を終えて戻ってくるだろう。そうなったならば、この勉強会は終わりである。陽介と私はこの気マズい状態のまま別れることになってしまう。
ともちゃんと喧嘩別れした時には、陽介がその仲を取り持ってくれた。彼がいなかったならば、今でも私とともちゃんは顔を合わせることができなかったかもしれない。
そして今、今度はその陽介との関係がピンチである。このままこの勉強会が終わってしまったら、お互い気マズい状態のまま別れてしまったら、もしかしたら次はないかもしれない。
「「「・・・・・」」」
あと、三十分。それが限度だろう。その間に、この状態を多少なりとも何とかしなければ・・・。
「「「・・・・・」」」
あ、あと十五分・・・。
「あ、あの、陽介?」
「・・・・・」
「えぇと、そのぅ・・・」
「・・・・・」
私は、何て言ったらいいんだろう・・・。
「あぁもう、鬱陶しい!!」
と、ともちゃん?
「二人ともウジウジメソメソと、鬱陶しいんじゃ!!」
「「・・・・・」」
私たちの間に漂う何とも言えない空気に耐えかねたのか、ついに我らが女王様が切れた。
「二人とも、こっちに来なさい!!」
「え、えぇと・・・」
「いいから来なさい!!」
「「・・・・・」」
ともちゃんの言うがままに私たちは椅子から立ち上がり、そのままテーブルの横に並んで立つ。そして、そんな私たちの目の前にともちゃんはドシドシと足音を立てながら歩いていき・・・。
「ほらっ!!」
「「ぶほっ?!」」
「どうよ?」
「いや、なにしてんだよおまえっ?!」 「と、ともちゃん?!」
ともちゃんはあろうことか自身の穿いていたズボンとパンツを膝下まで摺り下ろし、私たちにその下半身を見せつけてきた。
「ともちゃん、ヤメなって?!」
慌てて視線を逸らす陽介を押し退けて、私はともちゃんの元へと駆け寄っていく。
「別に、このくらいどうってことないって。二人とは家族みたいなもんだしさ」
ともちゃんの頬は、薄っすらと赤く染まっていた。彼女はこう言って強がってはいるけれど、いくらなんでも陽介の前でそれは無理がある。
「だから、陽介は気にし過ぎなんだって!私もなっちゃんも、陽介相手ならこれくらい別に平気だし!!」
「ともちゃん・・・」
「だから、いい加減いつも通りにしなよ!変に気を遣い過ぎて関係が拗れるなんて、そっちの方がバカみたいじゃん!!」
「「・・・・・」」
我らが女王様はいつも無茶苦茶で、でもとっても優しくて・・・。
「陽介、あの・・・。何ていうか、ゴメン・・・」
私の謝罪に、陽介は頭が痛そうにしていた。
「いやまあ、俺の方こそゴメン。でも、俺もどう反応していいか分からなかったっていうか、何ていうか・・・」
少し離れた場所で仏頂面を浮かべているともちゃんの前で、私たちは向かい合う。
「気にしてないっていうのは嘘だけど、でも、また今まで通りに接してほしいっていうか」
「お、おぅ・・・」
一先ず私たちは、状況の改善には成功した。
「はぁ~、全くもう、世話が焼けるわね」
「「・・・・・」」
遠くから聞こえてくるともちゃんの呟きにどこか釈然としないものを感じながら、私と陽介は小さな溜息を零すのだった。