第118話:理由
「さっきは、本当にごめんね?転ぶ時に焦っちゃって、それで偶々手が届いちゃったっていうか・・・」
私が作った焼きそばを啜りながら、ともちゃんは平謝りしている。
「わ、わざとじゃないんだよ?本当だよ?」
いやまあ、勿論わざとではないだろう。あんなアクロバティックな動きを意図的にこなすなんてともちゃんには無理だろうし、だとしてももうちょっと落ち着いた動きをしてくれてさえいればあの悲劇は起こらなかったはずなんだよなぁ・・・。
「いやぁ、本当に申し訳ない・・・」
二人で昼食を食べ終えた私たちは、空っぽの皿とコップだけが載ったテーブルを挟んで向かい合う。
「その件は、もういいよ。本当は全然全くよくなんてないけど、これ以上言っても仕方ないし・・・」
しょんぼり気味の幼馴染を真正面から眺めながら、私は小さな溜息を零す。
「それよりもさ、前から訊きたかったことがあるんだけど、いい?」
「う、うん、どうぞ・・・」
「ともちゃんてさ、私っていうか、夏樹のどこが好きなの?」
「・・・・・」
私の突然の問い掛けに、ともちゃんは驚き顔だ。細めていた目を大きく見開いて私の顔を見返し、かと思ったらその頬を赤く染めて視線を私から大きく逸らしてしまった。
「そ、それは・・・。えぇと、突然何で?」
「いや、前から気になってたっていうか・・・。私、改めて自分のことっていうか、夏樹のことを色々と思い返してみたんだけど、モテる要素が皆無だったっていうか・・・」
誠に遺憾なことではあるのだけれど、今の私と夏樹の有り様はそこまで大きく変わっていない。容姿こそ多少は変わったけれど、心の弱さというか何というか、内面的な傾向は昔のままっていうか・・・。
それを、私はカラオケ店での出来事で再認識させられた。チビで弱虫でいつも陽介の背中に隠れていた夏樹同様に、夏姫は高校生の男子たち相手にビビり散らかし、結局一人では何もできなかった。
「私ってさ、昔から陽介とかともちゃんの背中に隠れてばっかりだったじゃん?小学校や中学校でも陽介を盾にしてたじゃん?」
「う、うん、まあ・・・」
「冷静に考えると、自分でもヘタレだったなぁ~って思ってさ。体が小さかったのはまあ仕方ないとして、でも、もうちょっと何とかできなかったのかなぁ~って」
「・・・・・」
あのカラオケ店での出来事も、新地君が来なかったらどうなっていたことやら・・・。あのまま部屋の中へと引きずられて、さすがに犯罪的なアレコレはされなかったと信じたいけれど、いずれにしても碌なことにはならなかっただろうなぁ・・・。
「改めて訊くけどさ、ともちゃんは、夏樹のどこが好きだった?」
「う、う~む・・・」
「ねえ、ともちゃん?」
「・・・・・」
私には、理解できない。女子って、皆陽介とか鈴木君みたいな男子が好きなんじゃないの?夏樹みたいに弱くて情けなくて、どう考えてもモテる要素が皆無な過去の自分に、いったいどんな魅力があったというのだろうか?
「私はさ、全然お淑やかじゃなくて女の子っぽくなかったっていうか、ガサツだったっていうか・・・。だからお母さんたちからも色々と煩く言われたし、陽介からも色々と言われたし・・・」
「・・・・・」
「なっちゃんが知らないところで、私も色々あったんだよ・・・。女の子じゃなくて、いっそのこと男の子だったら良かったのにとか親戚に言われてさ、学校でも男子たちにゴリラとかサルとか色々と陰口言われてて」
ともちゃん・・・。
「なっちゃんくらいだったんだよ、私のことをずっと女の子扱いしてくれたのは・・・。なっちゃんだけがありのままの私を認めてくれたっていうか、だから・・・」
「・・・・・」
「だから私は、なっちゃんのことが好きになったの。私にとって唯一の王子様は、なっちゃんだけだったの!!」
「・・・・・」
改めて真正面から好意をぶつけられて、私は赤面する。
「だけど、なっちゃんは女の子になっちゃって、それで私も心の中がグチャグチャになっちゃって・・・。いつの間にか髪も伸びてて、スカート穿いてて・・・」
すっかり変わり果てた姿の私を見て、当時のともちゃんはやはりショックだったのだろうか?あの時はまた別の意味でそれどころじゃなくて、色々とてんやわんやだったのだけれど・・・。
「ともちゃんは、今でも私のことが好き?夏樹じゃなくて、夏姫になった私のことが・・・」
「・・・・・」
私の問い掛けに、ともちゃんは俯く。
「正直、よく分かんない。なっちゃんのことは勿論好きだけど、今のこの感情が恋愛的な好きなのかどうか、もう分かんない・・・」
「・・・・・」
「だから、それを確かめたいっていうか。男じゃなくなったなっちゃんのことが恋愛的な意味で好きなのか、それとも別の意味でそうなのか・・・」
「・・・・・」
ともちゃんは俯きながらも席を立ち、ゆっくりと私の方に歩いてくる。そして・・・。
「ちゅ」
席に腰掛けたままの私の視線に合わせるよう膝を落し、ともちゃんはそっと口付けをしてきた。
「・・・・・。ソースの味がする」
「・・・・・」
「ふふふふふ」
「・・・・・」
それから二人で皿を洗って、テーブルを拭いて・・・。
「なっちゃんはさ、男子と女子、どっちと恋がしたい?」
それは、未だに答えの出ない問い掛けで、私自身よく分かってなくて・・・。
「私もさ、よく分かってないんだよね。私、勢いだけで生きてるからさ」
「ともちゃん・・・」
「一緒の高校に入ったら、それも分かるのかな?もっと一緒に同じ時間を過ごしたら、何かが見えてくるのかな?」
「・・・・・」
自宅で昼食を食べ終えた陽介が戻ってくるまで、私たちはそうして二人静かに語り合うのだった。