第113話:バッドタイミング
九月下旬のとある月曜日の昼休み、私たちは会議室にいた。無事何事もなく終了した体育祭の完了報告会というか反省会というか、詰まるところ体育祭実行委員としての最後のお仕事のために集まっていたのである。
「皆さん、本当にお疲れ様でした」
「「「「「お疲れ様でしたーー!!」」」」」
「皆さんの協力のお陰で、今回の体育祭は大きな事故や怪我もなく終了し、ダンスや応援の練習についても非常にスムーズに行えたと思います」
開始早々適当な挨拶とともに席へと着いた郷田先生に代わり、この場を仕切るのは鈴木君。彼は当初から実行委員として、また三年生として、本当に立派に働いていた。それに比べて・・・。
「反省会とか、別によくね?そもそも俺たちはもう参加することもないんだしさ」
「・・・・・」
私の隣で頬杖を突きながらそう語るのは、新地君。私も人のことは言えないんだけどさ、新地君ももう少しだけ頑張ってもよかったんじゃない?
「今年の分の資料については、このあと僕の方で纏めて先生に提出しておきます。あとは、各々反省点とか良かった点があれば挙げてもらいたいんだけれど・・・」
私たちがボケ~っとしている間にも、会議は進んでいく。鈴木君は無駄なく適切にやるべきことだけをやり、私たちと同様にボケ~っと座っているだけの郷田先生もそんな彼の様子に感心顔である。
「それでは・・・」
鈴木君は、本当に凄い。今回の体育祭実行委員の件に限らず、ちょっと前の小林さん事件とか、昨年の小林さん事件の時にも頼りになったし。それだけじゃなくて、他の男子たちと比べて言動もスマートだし何よりも紳士だし・・・。
私としては彼のことを恋愛的な意味で好きになることは難しそうだけれど、他の女子たちが彼のことを良く言うのは心の底から同意できる。
「ふぁ~あ」
「・・・・・」
私の隣で、新地君が大欠伸を零している。あのう、せめて口を抑えるとか、そのくらいはしてもらってもいいですかね・・・。
「ん?」
「・・・・・」
新地君は私のことをチビだの何だのとよく揶揄ってくるし、そういった点は非常に鬱陶しいのだけれど・・・。でも、黒板清掃とかその他諸々私のことを手伝ってもくれるし、悪い人ではないんだよねぇ・・・。
「では、会議はこれで終了とします。ありがとうございました」
鈴木君の挨拶とともに、会議は終了した。その様子を見届けた郷田先生は満足そうに一度だけ頷き、誰よりも早く会議室を出ていった。
「それじゃあ、俺たちも帰るか」
「うん、そうだね」
私たちは郷田先生の後に続いて、早足で会議室の出口へと向かう。本来であれば鈴木君の抱える作業を何かしら手伝うべきなのだろうけれど、今はちょっとだけタイミングが悪い。
「あっ、一色さん、ちょっとま・・・」
私は今、トイレに行きたいのである。ちょっとお腹が張ってガス抜きをしたいっていうか、私は人前で平気な顔してオナラできる雪ちゃんとは違って非常に繊細な人間なのである。
「なあ、一色、何か鈴木が呼んでたぞ?」
「・・・・・」
本当は会議が始まる前に行っておけばよかったんだけれど、新地君がサッサと会議室に行こうって言ってて行き辛かったんだよねぇ・・・。それにあの時はまだ全然余裕があったっていうか、ここまで切迫するとは思ってなかったっていうか・・・。
「私、ちょっと用事があるから」
「え?」
「じゃあ、そゆことで」
「お、おい!!」
相も変わらず、新地君は察しが悪い。私が今向かっている方向にはトイレがあるのだから、その辺を察せるようになると彼の株も上がるんだけどなぁ・・・。
私はなおも追い縋ろうとする新地君を置いて、トイレへと急ぐ。ちょっと今は本当に余裕がないっていうか、話は後で聞くからっ?!
「一色さん、ちょっと待って!!」
そうして急ぐ私の肩を、後方から駆け寄ってきた鈴木君が掴む。その反動で私は体の制御を失い、私のお尻からはブボッという濁った音とともに不快なにおいのガスが漏れ出してくる。
「あ・・・。いや、これは・・・」
「「・・・・・」」
「ちが、違くて・・・」
「「・・・・・」」
幸か不幸か、この場にいるのは私と鈴木君と新地君の三人だけ。そして、そのうちの二人の視線が私へと突き刺さる。
「あ、あの・・・。体育祭実行委員で打ち上げしないかって話があって、それで日程とか確認したくて・・・」
「・・・・・」
「えぇと・・・。ま、またあとで連絡するね?!」
「・・・・・」
鈴木君は、気マズそうな表情のまま去っていった。そして、その場に残されたのは私と新地君のみ・・・。
「ま、まあ、気にすんなよ。ただの生理現象だろ?」
「・・・・・」
「だからそのぅ、えぇと・・・。ま、またあとでな?!」
「・・・・・」
気マズそうな表情のまま、新地君も去っていった。その場に残されたのは私のみで、私はただ茫然とその場に立ち尽くす。
「な、何で・・・」
耳が、熱い・・・。顔が、熱い・・・。
「あぁ・・・」
こうして私は二人の男子の前でオナラを漏らすという大失態を犯し、女子として大切な何かを失ってしまうのだった。