第110話:闖入者
私のクラスメイトである新地 悠大君と、二年生の小林 美乃里さんは幼馴染であるらしい。昔聞いた話によるとその関係は小学校に上がる前にまで遡り、一緒にお風呂にも入ったことがある仲なのだとか。
私も小さな頃は陽介とかともちゃんの家でよくお世話になり、一緒にお風呂に入ったりもしたなぁ~。私の両親はともに忙しく家を遅くまで空けることも珍しくなかったから、そういった事情もあって幼馴染たちとは実の兄弟のように過ごしたものである。
だからまあ、新地君が小林さんのことを恋人として見れないっていうか、妹のように感じてしまうその気持ちも解らないでもない。私も陽介やともちゃんのことは普通の友達とは別扱いしているし、彼等に向ける感情は家族に向けるそれに近いのかもしれない。
「美乃里、どうしてここにおまえが・・・」
「それはね?私が一色先輩にお願いして、悠君をここに連れて来てもらったからなの」
新地君からの視線が、痛い・・・。心が、痛い・・・。
「もしかしておまえ、一色に変なこと言ったんじゃないだろうな?」
「変なことって?」
「それは・・・」
「うふふふふ」
妖艶な笑みを浮かべる小林さんに、新地君は押されていた。妹のように認識している女子から圧倒される兄の図は、何ていうか見ていて本当に痛々しい。
「それで、用事は何だよ?わざわざこんなことまでしたんだから、相応の話があるんだろ?」
「・・・・・」
「なあ、どうなんだよ!!」
「・・・・・」
妖艶な笑みを浮かべていた小林さんは、その表情を引っ込める。そのまま彼女は頬を真っ赤に染めて、体をモジモジさせ始めた。
「だって、こうでもしないと悠君は会ってくれないから」
「・・・・・」
「スマホで連絡しても全然返信くれないし・・・。学校とか通学路で話し掛けても無視されるし・・・」
「・・・・・」
それは、恋する乙女の顔だった。先ほどまでの妖しくも艶めかしい女性の姿はどこかへと消え失せて、恋する十代の女の子がそこにいた。
「今年の四月に告白して、断られて・・・。二度目の告白もダメで・・・。それでも私は諦めきれなくて・・・」
小林さんは目尻に薄っすらと涙を浮かべながら、新地君の方へと近付いていく。
「私は、妹なんかじゃない・・・。私は、悠君の妹なんかじゃない!!」
それは、魂の叫びだった。彼女の心の中に積もりに積もった不満と絶望と、そういったものがない交ぜになりグチャグチャになった魂からの叫びだった。
「どうして・・・。どうして・・・」
ついには泣き出してしまった小林さんを前に、私は途方に暮れる。
「美乃里、俺は・・・」
そして、そんな小林さんに新地君は何かを言おうとして・・・。
「話しは全て聞かせてもらった」
突然、その場に似つかわしくない人物の声が聞こえてきた。
「鈴木君?!どうしてここに・・・」
廊下の物陰から現れたのは、元文芸部部長の鈴木君・・・。
「今日の会議中、一色さんの様子が明らかにおかしかったから、ちょっと気になって跡をつけてきたんだ」
「え?」
「今日はいつもと違って落ち着きがなかったっていうか、妙にソワソワしていたっていうか・・・」
え?私、そんなに落ち着きなかった?
「視線があちこち飛んでたっていうか、指先も落ち着きなかったし・・・。単にトイレ我慢してるのかなぁ~くらいに思ってたんだけど、でもこっち側にはトイレないし・・・」
鈴木君のドストレートな指摘に、私は思わず赤面する。
「まあ、今はそんなことよりも、小林さんと新地君のことだよ」
そ、そんなこと?!
「体育祭を無事問題無く終わらせるためにも、この問題を早急に解決しなくちゃね?」
「「「・・・・・」」」
重苦しい空気が漂う中で、突如として現れた鈴木君。彼の登場が吉と出るのか凶と出るのか、この時の私には分かるはずもなかった。