第108話:ノンデリボーイとヤンデレガール
「結局、今年のダンスも難しいのになっちまったなぁ~」
教室へと向かう道すがら、新地君はそう言って愚痴を零していた。
「そうだね。でも、多数決で負けちゃったんだから仕方ないよ。それに、そもそも私たちは候補の提示すらしてないんだしさ」
私はそんな新地君を宥めながら、教室へと向かって足を動かす。
「・・・・・。私、ちょっとこっちの方に寄ってくから」
「ん、トイレか?なら俺も・・・」
・・・・・。
「何だよ?」
「いや、別に・・・」
これが新地君ではなく陽介や鈴木君だったならば、もっとスマートで気の利いた言動ができていたに違いない。間違っても同じ方向にあるトイレに一緒に行こうなどと言うはずもなく、違う場所にある別のトイレへと密かに向かったに違いない。
「ちょっと長くなるかもだから、先に帰っててもいいよ?」
「ん、ウンコか?」
・・・・・。
「女子にはね、色々とあるんだよ。それと新地君、デリカシーなさ過ぎ」
「・・・・・」
トイレ前で新地君と別れた私は、最奥の個室を目指す。そこで音姫先生に消音をお願いしつつ、小用を済ます。
「ふぅ・・・」
女子というのは、本当に大変である。月に一度のアレが始まる度に、毎回そう思う。
「あぁ・・・、面倒くさ・・・」
汚れてしまった生理用ナプキンをサニタリーボックスへと仕舞い、制服の内ポケットに仕込んでおいた新しいそれを装着する。
「これでよしっと」
そうして個室から出て、そのまま手を洗おうとした私の前に、一人の見知った女子生徒が現れた。
「「あっ」」
それは、小林さんだった。
「「・・・・・」」
気マズい、超気マズい・・・。
「あの、一色先輩?」
「な、何?」
「ちょっとだけ、お時間いいですか?」
「・・・・・」
次の授業が始まるまで、おおよそ十分あるかないか・・・。ここから教室までは三分くらいで着くから、ちょとだけなら大丈夫だけど・・・。
「実は、ちょっと相談したいことがありまして・・・」
「相談したいこと?私に?」
「はい。何ていうか、一色先輩にしか頼めないっていうか・・・」
「・・・・・」
えぇと・・・。
「私、夏休みに改めて悠君に告白して、それでデートに付き合ってもらったんです」
「・・・・・。え?」
「告白自体はまた断られたんですけど、最後の思い出っていうか、泣き落としで無理矢理連れ出して・・・」
「お、おぉう・・・」
そういえば、夏休み期間中に新地君を駅前で見たな・・・。隣にお洒落した女子がいたし、もしかして・・・。
「それで、相談っていうのは?」
「はい、それなんですけど・・・。私、やっぱり悠君のこと諦めきれなくて・・・」
「そ、それで?」
「それでなんですけど・・・。今、一色先輩と悠君って体育祭の実行委員じゃないですか。だから会議後とかに話す時間を作りたくて、それに協力してもらえたらなぁ~って」
そう言って、小林さんはその瞳を妖しく輝かせる。
「二回も告白して、二回とも断られて・・・。私、女々しい女だって解ってるんですけど・・・」
「・・・・・」
「でも、好きになっちゃったんです!諦めきれないんです!!だから、仕方ないですよね?」
「・・・・・」
次の授業時間が迫るトイレの手洗い場で、私たちは向かい合う。目の前で妖しい笑みを浮かべる後輩の謎の気迫に押された私は、無言のまま小さく首を縦に振るのだった。