第1話:とある夏の日の風景
のんびり投稿していきますので、気長にお楽しみください。また、第一章(1話~20話)は導入的な意味合いが強いので、恋愛要素はほぼ皆無となります。
今の季節は夏。夏休みももう間近に迫った七月中旬。
気温も三十度を超える厳しい暑さの下で、僕たちは夢中になって一つのボールを追いかけていた。
「武井ーーっ!一人で突っ走るなぁーーっ!!もっとボールを回せぇーーっ!!!」
先輩であった三年生たちが受験勉強のために部活動を抜け、新たに我らがサッカー部の部長となった男子生徒が鬼の形相でグラウンドを駆け抜ける。そして、そんな生徒に向かってこれまた鬼の形相で大声を張り上げる顧問の先生。
「ちっ、また外した・・・」
白と黒のツーカラーからなるそのボールをゴールポストの遥か上方へと蹴り飛ばし、その男子生徒は小さく舌打ちする。
「止め!一旦止めだ!!武井、ちょっとこっち来い」
「・・・・・、はい」
「他の皆は日陰で休憩だ。しっかり水分補給して汗を拭いて、それと、気分が悪くなった者は早めに言えよ?」
「「「「「はいっ!!」」」」」
グラウンドを抜けそのまま校舎の影へと消えていく二人を見送り、僕たちは思い思いの格好で休憩を始める。
「最近、武井の奴荒れてんなぁ・・・」
「まあ、仕方ないんじゃね?お情けで部長を譲られて、それでいいとこ見せようと空回りしてんだろうからさ」
「先輩たちも顧問の池田先生も、本当は本田を部長にするつもりだったみたいだしなぁ・・・」
「てか、何で本田の奴は部長断ったんだ?アイツ、ウチの中じゃあ断トツにサッカー上手いのに」
「さあ、知らね。本人は面倒だからって言ってたけど、どうなんだか・・・」
日陰に置いておいた水筒を手に取り、そのまま校舎の壁へと体を持たれかける僕。そしてそんな僕の隣には、無駄に爽やかな笑みを浮かべるイケメン男子生徒がいた。
「ねえ、陽介」
「ん、何だ?」
「何で部長やらなかったの?」
「何でって、面倒だからだけど?」
コップに注いだ麦茶を美味そうに飲みながら、その爽やかイケメン男子は言う。
「前にも言ったけどさ、俺、そこまで真剣に部活やってるわけじゃあないからなぁ~。サッカーは好きだし、他校との練習試合とか大きな試合とか、それは面白いんだけどさ」
口元から零れ落ちた液体を腕で雑に拭い、男子生徒はその視線を顧問の先生と我らが部長が消えていった方へと向ける。
「だからそんな俺よりも、真剣にサッカーに取り組んでいる人が部長やった方がいいと思って・・・」
「・・・・・」
「思っていたんだけどなぁ~」
「・・・・・」
十五分程度の休憩の後、僕たちの練習は再開された。その日は野球部が他校との練習試合だったために、空いたグラウンドを目一杯使い潰すべく顧問の先生は朝から張り切っていた。
「武井ぃーーっ!パスだっ!!パスを回せぇーーっ!!!」
「っ!!」
「自分一人だけで突っ走るな!もっと周りをよく見ろぉーーっ!!」
「・・・・・」
今の武井君の位置からならば、陽介へのパスが通るだろう。陽介へのパスが通りさえすれば、ゴールへの道も開いたかもしれない。
だけど、武井君はパスを出さなかった。陽介のことを一瞬だけチラ見して、そのままゴールへと向かって無理矢理突き進んでいった。
「武井・・・」
その後も新たに部長となった武井君のプレーは精彩を欠き、顧問の池田先生の顔は曇っていく。そうして時間は経ち、やがて部活は終了を迎えた。
「今日の練習はここまでだ。いいか?帰る前にもう一度給水して、寄り道せずに真っ直ぐ帰れよ?」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「それと本田、ちょっとだけいいか?」
「え?あ、はい。大丈夫ですけど・・・」
他の皆が仲の良い者同士でグラウンドを後にする中、僕は一人呼び出された幼馴染の帰りを待つ。
「ちっ」
「・・・・・」
池田先生と共に消えていった陽介を、そしてそんな彼を待つ僕を一瞥し、露骨な舌打ちまでしてその場を後にする武井君・・・。
「はぁ、何だかなぁ~」
武井君の背中にどことなく不穏な何かを感じながら、僕は小さく溜息を零すのだった。