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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第三章

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第九十話 体育祭開始


 体育祭本番までの日々はあっという間に経過していき、いよいよ開催当日となった。

 いつもは簡素な景色が広がっているだけのグラウンドも今日だけは所々が飾り付けられており、散らばって見える生徒たちの気分も高まっているのかざわざわとした喧騒があちこちで繰り広げられている。


 …だが、その中でも最も大きな騒々しさの塊が自分の近くにいるので、他のものは些細なことでしかなかった。


「はーあ。まさか颯哉と別々の組になっちゃうなんて……でも、敵同士だとしても私たちの愛は変わらないからね?」

「当然だろ? 俺たちの仲がこれくらいで引き裂かれるわけないって」

「颯哉…!」

「…お前ら、組が分かれたくらいで大げさすぎるだろ。いちゃつくのも時と場所を考えろよ」


 なぜか拓也たちのクラスの待機場所にやってきた真衣だったが、彼女は頭に白のハチマキを巻いている。

 それに対して拓也たちが巻いているのは赤のハチマキだ。

 体育祭ではクラスごとに所属する組色が分けられるので、今回は別のクラスの真衣が運悪く離れてしまったということだ。


 問題なのは、それだけなら少し残念くらいで済ませられたのだが、こいつらはうちのクラスの元にやってきて早々に別の組になってしまったことを嘆く……という建前で堂々といちゃつき始めた。

 周りのやつらも最初は物珍しさから眺めていたが、その対象がこの二人だと分かるや否やなんだあいつらかとさして興味もなさそうに離れていった。


 結果、なぜか一人取り残された拓也がこの現場でカップルのひと時を見守ることになったが、さすがにこうも飽きずにくっつかれるとげんなりとしてくる。

 というか、真衣の方も一応は悲しそうに保っていた表情も既に崩して口角を上げながらこの状況を楽しんでいるし、いい加減変わらない光景にもうんざりしてきた。


「ほれ、とっとと離れて元の場所に戻れ。つーかお前、待機場所全然違うところだろうが」

「いーじゃんちょっとくらい! それに別の組が来たら駄目なんてルールはないでしょ!」

「…もう少しで開始の時間になるんだよ。さすがにその時間までには自分のクラスにはいないとまずいだろ」


 ぶーぶーと不満を垂らしてくる真衣だったが、もうじき開会式が始まる時刻も迫ってきている。

 他クラスの生徒である彼女がいつまでもここにいるとそれにも支障をきたしそうなので、それとなく忠告してやれば渋々といった様子でようやく離れた。


「仕方ないなぁ……はい。これでいい?」

「そんな顔しても無駄だからな? とりあえずクラスのところ戻ってこい」

「はーい。あ、その前に唯ちゃんに一言話してから戻るね!」

「…早く済ませろよ」


 元気よく返事をした割には、あまり理解していなさそうな真衣にも呆れてくるが、もう注意をする時間ももったいない。

 ひとまず早く帰るようにだけ告げて、勢いよく走っていった彼女の背中姿を眺めながら、心の中で溜め息をつく。


 あいつの元気の良さは取り柄でもあるが、こうして自分が振り回される事態の方がはるかに多いので、単純に長所として捉えるか微妙なところだ。


「お前も開始時間くらい把握してたんだろ? だったら咎めてやれよ」

「真衣との楽しみを中断するなんて無理な話だな。そんなら強制的に引きはがされた方がマシなくらいだ」

「…その負担が全部俺の方に回ってきてるんだけど」

「これからもよろしく頼むぜ!」

「人任せにすんな!」


 ふざけたことを抜かしてきた友を叱責していると、いよいよ開始の時刻が迫ってくる。

 それに伴って会場の雰囲気も一段と盛り上がるかのように騒めきは引き立てられてきた。


 少し耳が痛くなってくるくらいに騒がしくも思えるが、この非日常特有の異様な高揚感は嫌いではない。

 最初は乗り気ではなかったこの行事だが、いざ始まるとなると少なからずやる気も沸いてくるから不思議なものだ。




 それから開会式もつつがなく終わり、ようやくメインの競技も始まってきた。

 グラウンドには自分たちの組を応援する生徒の声が響き渡っており、その勢いはますます増していく一方だった。


 拓也も隅の方で応援はしているが、その意識は別のことに向けられていた。

 もうじき自分の参加する種目が始まるはずなので、この場から移動しようかと思っていた。


「そういえば、原城って確か最初の方だったよね? 頑張ってきてよ」

「ん、池上か。まぁ恥をさらさない程度にやってくるさ」


 拓也の出場する百メートル走は順番が早めに取り行われるので、その分準備に向かう時間も早い。

 そろそろ待機列に向かおうかとしていたところで話しかけてきた朝陽にも無難な返事を返しておけば、なぜか苦笑いを浮かべられてしまった。


「原城らしいね……ま、応援してるからさ。あまり緊張しすぎないようにね」

「さんきゅ。そんじゃ行ってくるわ」


 あれだけの視線に囲まれながら走るとなると、朝陽の言う通り緊張感で周りが見えなくなりそうなものだが、気負いすぎてもポテンシャルが発揮できなくなるだけだ。

 やはり程よく気を引き締めていくくらいがちょうどよいものだろう。


 そんな友のありがたい声援を受けながら、今度こそ動こうとすれば……ふと、少し離れた場所で応援に徹していた唯のことが気にかかった。

 彼女の方をパッと見れば、唯は激しい喧騒の中でも普段の余裕の表情を崩すことなく佇んでおり、その周辺だけまるで体育祭特有の空気が感じられないと錯覚してしまいそうになった。


 …唯の応援を期待していなかったと言えば嘘になってしまうが、あの様子では表立って特定の誰かに声援を送るなんてできないだろうし、そもそもそんなことをすればよからぬ推測を立てられること間違いなしだ。

 まぁ今更気にするほどのことでもないので、とっとと行ってしまおうと背を向けようとすれば、不意に唯が視線だけをこちらに向けている気がした。


 その目線は拓也に向かって何かを訴えているようにも見えたので、動かそうとしていた足を止めてその意図を探っていると……どうやら、口パクで言葉を伝えようとしているようだった。

 あの口の動かし方だと……もしかして、『がんばって』って言おうとしているのか?


 彼女の言おうとしていることが伝わると、その瞬間に口元に無意識に笑みがこぼれ、全身に力が溢れてくるようだった。


(…下手なところは見せられないな。何としてでも勝ちたくなってきた)


 せっかく想っている相手に良いところを見せるチャンスなんだ。

 どうせなら良い印象を残したいと思うのは、逆らえない見栄のようなものなんだろう。


 最高の応援をしてくれた唯に軽く微笑み返して返事をし、自分の勝負場所へと移っていく。

 我ながら単純なものだが、このやる気を力に変えて挑むとしようか。




(さて……もうそろそろか。思ったよりも緊張はしてないな)


 列の前方で合図のスターターピストルが鳴り響いているのを聞きながら、少しずつ進んでいく順番の中に拓也はいるが、予想していたよりも緊張感はなかった。

 自分の勝手な想定では、わずかな時間でもこんな大舞台に立つというのはそれなりにプレッシャーを感じるものだと考えていたが、実際に立ってみればそうでもない。


 おそらく、唯の応援によって一時的なハイテンションに陥っているのだろうが、緊張のせいで体が強張ってしまうよりは何倍も良い。

 この調子ならほとんど全力に近いコンディションを発揮できるだろうし、日々の運動の成果を見せる時でもある。


 っと、そんなことを考えている間にも自分の順番が回ってきたようだ。


「位置について、よーい……!」


 スタートラインに立っている係の合図に従い、走り出す前の構えを取る。

 拓也の他にも並んでいた者達も用意が整ったようで、それを確認した審判がスタートの合図を切った。


「どん!」


 その言葉と同時に、パァンッ! と乾いた紙火薬の音が響き渡り、一斉に駆け出す。

 体感では風を置き去りにしているかのように感じられるほどに良いスタートを決められたという自信があったが、それでも他の者達も負けてはいないようで何人かには先を行かれてしまっている。


 負けじと拓也も勢いを上げて追い越そうとするが、一番距離の近い前方の男子との距離すら縮められずにゴールは迫ってきている。

 やはり、付け焼刃の運動では駄目だったのか。そんな弱気な思考が一瞬頭に浮かんでくるが、すぐに追い払って気合いを入れなおす。


 今自分がやるべきことは、全力で走り抜けることであって余計なことを考えることではない。

 そう奮起し、再び全身のギアを入れなおせば……目の前の男子がゴールを目の前にして油断したのか、数瞬走るスピードを緩めた。

 その絶好のチャンスを逃すわけもなく、根性で足に残った体力全てを込めて地面を踏みしめれば、ほんのわずかな差で拓也が先にゴールにたどり着いた。


「はーい! あなたは三位ですね。お疲れ様です!」

「さ、三位か……はぁ…けど、十分か……」


 ゴールで待ち構えていた係の者から自分の順位を告げられれば、その微妙な結果に喜んでいいものか少し悩みどころだった。

 だが、間違いなく全力を出し切ってつかんだ結果であることは変わりないので、素直に受け取っておくことにした。


 全力疾走したことで乱れた息を整えながらさっきのことを思い返してみれば、不思議と内心が清々しさで満ちていることに気が付いた。

 余計な言い訳を挟まず渾身の力を出し切ったからか、今の自分の全力をぶつけてやれたからなのか。

 できること全てをやり切ったという事実は、拓也にとってこれまでにはなかった充足感を与えてくれていた。


「…戻るか。結果も報告しないといけないしな」


 走っている最中には夢中になるあまり聞き取れなかったが、応援してくれていたであろう颯哉たちにも具体的な結果を報告した方がいいだろう。

 体に疲労は溜まっているはずなのに、どこか軽やかに思える足取りで歩いていく拓也の顔には、気づかぬ間に笑みが浮かんでいるのだった。


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