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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第二章

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第七十八話 情けない自分


 ──中学の頃の思い出は何かと聞かれれば、自分は果たして何と答えるだろうか。


 入学式、修学旅行、運動会、その他諸々。

 パッと浮かび上がってくる学校行事やイベントだけでもこれだけのものがあるし、普通はその中から印象強いものが挙げられるのだろう。


 …だが自分が強いて言うのであれば、『何もない』だ。


 あの苦々しくも空虚なだけだった中学生活から得られたものなんて何一つとしてなく、その代わりだと言わんばかりに自身の内には傷跡だけが残された。

 それは、きっと不幸だったんだろう。


 自分は大丈夫だと自らに言い聞かせて、頼るべき人たちにも頼らないまま抱え込み続けて。

 その果てにただ逃げることしか出来なかった自分は、きっと駄目な人間だったんだろう。



 …そして、その空虚な過去を作り出した男が今、目の前に立っている。


「……なんでここにいるんだ、工藤。地元は別の場所だろうが」

「あ? 俺に向かってそんな口聞いてくるとは大したもんだな。…ここに来たのは親の実家が近所だからってだけだ。最初は何もない場所に行くなんて退屈で仕方ないって思ってたが……まさか、お前に会えるとはな」

「………」


 なんて巡り合わせの悪さだ。

 たまたま唯の誘いに乗ってここにきて、それにかぶさるように工藤とここで鉢合わせた。


 …もはや運の悪さだけでは説明がつかなくなってきそうなものだが、それを口にするほどの余裕は今の拓也にはない。

 かつてしてやられた経験が、追い込まれた過去が彼自身の心を蝕んでいるからこそ、目の前の工藤に言い返す度胸を与えてくれない。


「しっかし驚いたぜ……高校に上がったらお前が見る影もなくどっかに行っちまったんだからな」

「……っ」

「そん時は情けないと思ったもんだが……こうしてまた会えたんだ。仲良くやろうじゃねぇか!」


 …どの口が言っているんだ。

 過去に散々自分から奪っておいて、弄ぶだけ弄んだらすぐに捨て置いて、何もかもを引き剝がしておきながら、言うに事欠いて仲良くだと?


 そんなものは願い下げだ。

 …そう言えれば、どれだけ楽になれたことか。


 たった一言の拒絶でさえ口にできないほどに染みついてしまった性根は、拓也自身の弱さを今になって体現しているようで……自分で自分が嫌になる。


 そんな純粋な悪意に晒された状況で、言いたいことを飲み込むしかない。

 何も言えない自身の弱さを嫌悪しながら、ただひたすらに目前の悪夢が鳴り止むのを待つだけ。


 …まるで、過去の自分に戻ってしまったかのような錯覚に陥り、そのまま戻ってこれなくなるような感覚を味わう。


 ……その、次の瞬間。


「お待たせー! 手を洗うところがちょっと混んでて……って、うん? どちら様?」

「……唯」


 拓也の思考は、現実へと引き戻された。

 灰色に染まりかけていた視界は一気に回復し、眼前の相手とそこにやってきた少女の姿をはっきりと認識する。


 …そんな中で、一色触発の空気を感じ取ったのか困惑した表情を浮かべる唯だったが、その前に工藤がいきなりこの場に現れた彼女を見て目の色を変えた。


「マジか! 原城がこんな美人を連れまわしてるとかありえねえだろ! どんな姑息な手を使ったんだよ!」

「……あなた、どちら様? 拓也くんとは友達……ってわけでもなさそうだけど」


 無意識か、意識してやっているのか。拓也を自然な流れで見下すような発言に唯が一気に冷めた視線を送るが、工藤がそれに気が付く様子はない。

 …あの時と同じように、全てが自分の思い通りになると思い込んでいるからこそ、こいつは飄々とした態度を崩すことはない。


「あぁ、俺は工藤健人だ。…にしても、ほんと原城にはもったいねぇよな。そうだ、俺と一緒に回らねぇか? あんなやつとは比べものにならないくらい楽しませてやるからよ!」


 そう言って唯の返事も聞かぬうちに、彼女の肩に手を回そうとする。

 止めなければ、そう頭では思っているのに体が動かない。


 凍り付いてしまったのかと思うほどに言うことを聞かない体を、必死の思いで動かそうとするが……そうするよりも早く、工藤の手が唯に及んでしまう。

 …そう思った時


「触らないで」

「…はっ?」


 パシンッという乾いた音が周囲に響くのと同時に、それが唯があいつの手をはたいたのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 まさか自分の手を払われるなんて展開は想像もしていなかったのか、呆気にとられたように気の抜けた表情を晒す工藤だったが……それ以上に、唯の不機嫌を隠そうともしない雰囲気に目がいった。


 今までに見たこともない、相手に対する嫌悪感を露わにしている唯。

 そしてその矛先は、他でもない工藤に向けられていた。


 最初は自分の手が払われたことに理解が追い付かないというように呆然としていた工藤であったが、次第に状況を把握してきたのか怒りを発露させる……直前。

 唯の絶対零度にも等しい視線に気圧されたのか、軽い舌打ちと共に拓也たちに背を向けて去って行こうとした。


「ちっ……面倒くせぇ。もういい、生意気なやつら同士でお似合いだな」

「………」

「原城もよ、女に守ってもらってばっかで情けねぇとこは何も変わってないしな。じゃあな……負け犬」

「っ!」


 思い通りにいかなかったことへの憎々しさをその瞳に存分に含ませながら、こちらに暴言を吐きつけてくる工藤。

 それを黙りながらも睨みつけている唯に対し、拓也は言い返そうとするが……何も言えなかった。


 そのまま工藤は去っていき、何もされることはなかったが……大きな爪痕を残しつつ、唐突な遭遇は一時の終息を見せた。




 工藤が去ってからも、拓也と唯の間に会話はなかった。

 拓也は彼女を自分の事情に巻き込んでしまった罪悪感から、唯の方は……色々と聞きたいこともあるのだろうが、果たして深く踏み込んでもいいのかどうかを迷っているといったところか。


 …正直なところ、あいつとここで出会ったことは完全に予想外だったし、そのせいで嫌なことを思い出したことは辛かった。

 だが、それよりも先に唯に謝らなければならない。


 彼女は無関係だというのに不快な思いをさせてしまったし、そこに対する謝罪はするべきだ。

 それこそ、場合によってはこちらの事情だって伝えるべきだろう。


 …そう、頭では理解しているのに、一向に体が動く気配も、口から言葉を発することもできない。

 あいつと再会しただけ。たったそれだけの出来事だったのに、ここまで弱ってしまう自分の体が自分のものでなくなってしまったようで……悔しいがあいつの言う通り、俺は負け犬でしかなかったんだろう。


 そしてそんな静寂が続く中、ようやく覚悟を決めたのか、唯がその固く閉ざしていた口を開いた。


「…拓也くん、ちょっとあっちに行かない?」

「……え?」


 そう言って唯が示すのは、神社の裏側。

 賑わっている出店とはまた真逆の方向であり、人の気配も全くない場所だ。


「もちろん拓也くんがよければだけど、どうかな?」

「……わかった」


 既に巻き込んでしまった彼女の意見に、逆らうつもりもない。

 …何より、このままの状況で終わらせてしまうのも、後に禍根を残してしまうだろう。

 それを避けるためならば、どんなことにも応えよう。


 たとえそれが、唯に失望されることになったとしても。




 神社の裏手は人っ子一人としておらず、完全な静寂が辺りに広がっていた。

 幸い明かりは最低限確保されているのか視界は良好だが、彼女との間にある気まずさが改善されるわけではない。


 今は神社の壁に沿うように設置されている石垣の上に二人で腰掛けているが、彼女の方から何かを言ってくる様子もない。

 そんな膠着した状況いつまでも続けるわけにはいかないので、こちらから話題を切り出す。


「…さっきはごめんな。俺の事情に巻き込んじまって……」

「…ううん。確かにびっくりはしたけど、あの人が言ったことに腹が立ったのは私が勝手にしたことだし、気にしなくていいよ」

「……何も聞かないのか? あれだけのことがあったのに…」


 唯の方にも、聞きたいことは山ほどあるはずだ。

 いきなり馴れ馴れしく自分に語り掛けてきたあの男は何者なのか。

 なぜ拓也と険悪な雰囲気を漂わせていたのか。

 …何であんなにも、拓也を見下すようなことを言ってきたのか。


 だが、彼女がそれを問うてくることはない。

 まるで一切気にした様子もないように、いつもと変わらぬ柔らかな笑みを浮かべながら隣にいる唯は、その両足を揺らしていた。


「気になることは気になるけど……拓也くんが話したくないなら、無理にとは言わないよ。それは話してもいいって思ったら聞かせてほしいな」


 ……あぁ。

 それは奇しくも、拓也が考えていたことと全く同じことで。

 そう言ってくれる唯の姿は、先ほどまで凍えたように冷え切ってしまっていた己の心を、温かく照らしてくれるような優しさで溢れていた。


 ならばこそ、その優しさには報いなければならない。

 もしも彼女に情けないと、そう思われたとしても、そんなことを恐れている場合ではないと思えたからこそ、これを伝えようと思えた。


「…なら、聞いてくれるか? 面白い話でもないんだけどな」

「うん。じゃあゆっくりでもいいから、聞かせて?」


 自身の過去を話す決心をつけた拓也に、体勢を向き直して聞く姿勢を整える唯。

 そんな彼女の瞳には、普段と何も変わらない優しさと……拓也の身を案じる、深い深い心配が見えた。


「さっき話しかけてきたあいつ……工藤はな、俺と同じ中学の同級生で……俺を虐めてきた張本人なんだ」

「…っ!」


 これより語られるのは、拓也の過去。

 情けなく逃げることしか出来なかった、どこまでも弱かった己の追憶だった。


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