第七十七話 望まぬ邂逅
金魚すくいをそれなりに満喫した拓也たちは、少し小腹も空いてきたので飲食を提供している出店を巡ることにした。
やはり祭りの盛り上がりの効果もあってかその繁盛っぷりは凄まじいものであり、一つ一つの店が行列を形成しているので、少し買うだけでもあっという間に時間は過ぎていった。
焦っているわけでもないので別に構わないのだが、こうも行列続きとなるとうんざりしてくるのはさすがに仕方のないことだろう。
「…むぐっ……このお好み焼き、結構美味いな」
「本当? こういうのは鉄板で焼くのが主流だから、それもあるのかな? …ちょっともらってもいい?」
「いいぞ。ほれ」
「あーん……うん! 美味しいね!」
現在拓也は先ほど購入したばかりのお好み焼きを頬張っており、この場の雰囲気もあるのだろうがその相乗効果もあって美味だと思った。
こういう粉ものは家でも作れなくはないが、材料やら手間やらを考えると億劫になってしまい、それゆえに食べる機会も少なくなるので久しぶりに口にしたが悪くはなかった。
(…ていうか、今自然な流れで食べさせたけど良かったのか?)
拓也と唯は少し人混みから外れた場所で休息を取っており、辺りにも人はいるにはいるが喧騒の中心から離れたここならば格段に混雑具合はましだった。
…そしてそんな中にいるから気が緩んだのか、ごくごく当たり前のように彼女に自分のお好み焼きを食べさせてしまったが……冷静に考えればまずかったのではないだろうか。
唯はこれっぽっちも気にした様子はなく、今もお好み焼きを美味しそうに味わっているので気にしている拓也の方がおかしいのではとも思えてきてしまうが、やはり付き合ってもいない男女の距離感ではなかっただろう。
…いくら彼女が気を許してくれているとはいえ、一定の節度は守らなければならない。
既に食べさせてしまったことはもうどうしようもないが、以降は気を付けていった方がいい。
「……はぁ、何やってんだか」
「…? 何かあったの?」
「唯は気にしてなくていいよ。それより、早く食べないとかき氷も溶けちまうんじゃないのか?」
「わわっ! そうだった!」
お好み焼きを食していた拓也に対して、唯は他の出店でかき氷を購入していた。
どこかで甘いものを食べたいという彼女の要望を聞いて、色々と探していた中で見つけたのがこれだったので買ったものだが、やはり氷なので時間が経つごとに溶けだしている。
上にかけられたイチゴのシロップと白い氷のコントラストは美しく見えるが、それを慌てた様子で口に運んでいる唯の微笑ましさがそれを引き立てているようで、こちらも胸が温かくなってくるようだった。
「…うっ……頭痛い…」
「勢いよくかきこみすぎだって……大丈夫か?」
「う、うん……少し休めば治ると思う」
徐々に溶けていくかき氷を一気に口に含んだからか、頭痛を引き起こしてしまったらしい唯が自分の頭を押さえながら悶えている。
確かに祭りならあるあるともいえる出来事だが、こうも見事なまでにその定番に引っ掛かっているさまを見ると、少し不謹慎だが笑いそうになってしまう。
だが痛がっている彼女の手前、そんな態度を見せるわけにもいかないので、落ち着くまでは傍にいてやるとしよう。
「……ふぅ、大分落ち着いてきたかな」
「そんならよかった。…もう一気に口に入れたりするなよ? また頭痛になるからな」
「もうしないよ! …それより、痛がってる私を見てちょっと面白がってたでしょ!」
「…そ、そんなことないって」
「絶対面白がってたよ! …むぅー!」
とっさに取り繕おうとしたのはバレバレだったようで、それを悟られてしまい唯がむくれてしまった。
…その様子さえも可愛いと思ってしまうのは、ある種の不可抗力なのだろう。
「…まぁいいや。それより、手がベタベタになっちゃったからちょっと洗ってくるね」
「それなら俺もついていこうか? 一人だと危ないだろ」
「だいじょーぶ! ちゃっちゃと行ってくるね!」
「あ、おい! …走って転ぶなよ!」
先ほど急いでかき氷をかきこんでいたので、その際に手も汚れてしまったのか、それを洗いに行くという唯。
手洗い場の位置は把握しているので迷うことはないだろうが、それでも一人で行かせてしまうことは心配だったので声をかければ、その前に走って行ってしまった。
…彼女が自分で問題ないと言っていたし、あまり過保護にしすぎるのも駄目だな。
ここはどんと構えておくくらいの態度でいた方が賢明だ。
そんなことを考えながら、一人取り残された状況でぼーっと待っていると、何やら遠くからアナウンスが聞こえてくる。
『…会場のお客様にお伝えします。これより一時間後、花火の打ち上げが開催されます。どうぞ心行くまでお楽しみください……』
「…へぇ、ここって花火までやるのか。思ったよりも規模が大きかったんだな」
事前に聞かされていた内容では花火という単語は聞いていなかったので、少し意外ではあったが、それならば尚更この後が楽しみになってくる。
敷地の広さから考えて大規模……になるかは分からないが、それなりの規模感で行われるようだし、今のアナウンスを聞いて心なしか遠くに見える人たちの喧騒も一層盛り上がりを増したようだ。
「……平和だよなぁ。こんなこと、少し前なら考えられなかったっていうのに…」
今自分が置かれている状況を顧みれば、いかに恵まれているのか、どれだけ心持ちが変わったのかを強く実感させられる。
高校に入ってばかりの頃は、なるべく人との関わりを断つためにコミュニケーションを最低限にして過ごしていた。
だというのに、いつの間にか颯哉という遠慮知らずな友人ができて、そこから真衣とも知り合い……そして、唯と出会えた。
彼らとの関わりは拓也の心を否応にも突き動かし、かつての自分では想像もできないほどに多くのものを与えられてきた。
…あの時とは比べ物にもならないくらいに、今では拓也の周囲には多くの者達がいる。
その変化をもたらしてくれたのは、他でもない。
今もなお、隣で笑い続けてくれている少女がいたからこそだろう。
…そう。拓也は確かに変わった。
少し不愛想なところはあまり改善できなかったが、それでも他者を信じまいとしていたあの日々を思い返せば劇的なまでの変化であり、そんなありふれた幸福がある日常は何よりも大切なものだと断言できた。
…だからこそ、忘れてしまっていたのかもしれない。
今自分の置かれている平穏が、平和な日常が、薄氷の上のものでしかなかったのだと。
ほんの些細な出来事で、崩れかねないほどにか細い糸で紡がれてきたのだということを。
永遠に続く平穏など……ありはしないということを。
「…ん? …おいおい、まさか原城か? 久しぶりじゃねぇか!」
「………は?」
一人でいた拓也に、気さくに……されど、どこか粘着質な気質を感じさせながらかけられた声。
座りながら下を向いていた拓也は、その声の正体に間違いであってほしいと願いながら……しかし、心のどこかで確信を持ちながらその人物の顔を見る。
…間違いであってほしかった。こんなところで再会などしたくはなかった。
だが、現実というのはどこまでも無情なものだ。
パッと顔を上げた先、そこに立っていたのは、全体的にかき上げられた髪型に付随するように整った顔立ち。
漂う雰囲気も男前というような空気を醸し出しており、さぞやモテることが容易に想像できるが……その口元に浮かべられた醜悪な笑みが、全てを台無しにしていた。
嘲るかのように、見下すかのようなニヤニヤとした笑みは、あの頃から全く変わっていない。
ずっと、変われたと思っていた。
唯たちと過ごしている内に、どこかであの時のことは乗り越えられていたのだと、勘違いをしていたんだ。
…でも、過去は拓也を逃がしてはくれない。
昔の苦い経験は、決して忘れさせまいといったように彼に追いついてきた。
「なんだなんだ? せっかくこうしてまた会えたっていうのに、何の言わないなんて悲しいじゃんよ」
「……何の用だ、工藤」
かつての自分を、塞ぎこむまでに追い詰めてきた張本人。
中学の同級生であった工藤健人と拓也は、望まぬ邂逅を果たしてしまった。




