第七十三話 意味深な言い残し
唯の手料理を満喫し、軽い食休みを挟んだ拓也たちは、それぞれの目的に移ることにした。
そもそも最初は颯哉の課題を見るというのが主目的だったので、それが達成できなければ何のために集まったのかも分からない。
「ほれ、そんじゃとっとと勉強すんぞ」
「へーい。…どのくらいで終わるもんかね」
「それはお前の頑張り次第だろ。…言っとくが、俺は分からんところがあったらサポートはするが、直接手を貸すことはしないからな?」
「マジかよ!? …はぁ。まっ、やるっきゃないか!」
「当たり前のことだろうが……」
先に釘を刺しておけば、どうやら予想は的中していたようで驚愕したように慄いて見せる颯哉。
…こいつ、言ってなかったら絶対に俺も手伝わせてたな。
ずる賢いことを狙っていた友の考えなどお見通しなので、先回りしておけばそれは正解だったようだ。
「私たちの方はどうしようか。颯哉の邪魔はしたくないし……」
「うーん……なら、一旦私の家の方に来る? 特に面白いものもないけど……」
「唯ちゃんの家!? 行きたい!」
「じゃあそうしようか。拓也くん、向こうで真衣といるから、何かあったら呼んでね」
「はいよ。楽しんで来い」
これから勉強に向かおうとしているこちら側とは違い、真衣は別に勉強をしに来たわけではない。
というか主目的は唯の手料理を食べに来ただけだし、話を聞けばきちんと夏休みの課題も全て終わらせているらしい。
…普段の言動から忘れがちだが、真衣も十分勉強はできるんだよな。
ただ、いつもの突発的な行動が馬鹿だと言うだけで。
ともかく、自分がいたら颯哉の勉強も進まないと思ったのか、過ごし方を悩んでいた真衣だったが、そこに唯が助け船を出してくれた。
彼女の部屋ならいくら盛り上がってもこちらの集中力を乱すことはないし、せっかくの機会なのだから女子二人で過ごす時間というのもいいものだろう。
そう思って送り出そうとしたのだが……その前に、何かを思いついたかのように意地の悪い笑みを浮かべた真衣が唯の腕をつかんだ。
「そういえば……私、自分の家から映画のビデオ持ってきたんだよね! 時間はいっぱいあるから、これ一緒に見よう!」
「…………えっ。そ、その映画って……」
「うん、ホラー映画だよ! この前約束したもんね!」
その一言に、先ほどまで明るかった唯の表情が一気に真っ青になる。
…そういや、プールの時にそんな約束してたな。
随分前のことなので本人もすっかり忘れていたようだが、真衣はしっかりと覚えていたようでこの機会にホラーの映画を持ち込んできたらしい。
顔から冷や汗を流しながら硬直してしまった唯だったが、真衣がその腕をがっちりとつかんで離さないため、逃げ場はない。
「さっ、行こっか! いやー楽しみだな!」
「ちょっ!? た、拓也くん、助けて!?」
「……悪い、頑張ってくれ」
「ちょっと待って!? まだ心の準備が……!」
「それじゃあ行ってくるねー! 颯哉たちもごゆっくりー!」
腕をつかまれたままずるずると引きずられていく唯と、満面の笑みで家を出ていった真衣。
…助けてやりたいのは山々だったが、あの状況での俺は無力なのでできることもなかった。
「……勉強するか」
「お、おう。…真衣のやつ、加減してくれればいいんだが」
取り残された男子は微妙な雰囲気になりつつも、当初の予定通り課題に取り組むことにした。
後の唯の安否が気になるところだが、真衣もさすがに手加減はしてくれるだろう。
…してくれるよな?
そこから男女別れて過ごすこととなった俺たちは、予定通り颯哉の課題を手伝っていった。
やはりと言うべきか予想通りと言うべきか、最初は見守っていた拓也もしばらくは自分の役割はないかと思っていたのだが、早々にヘルプを求めてきた颯哉によってその期待も裏切られた。
結局それからはほとんどつきっきりで手伝うことになり、拓也が直接問題を解くなんてことこそなかったが、それなりに時間が経った。
始めてから数時間が経過する頃にはさすがの颯哉も疲労を隠しきれておらず、しかしその甲斐もあって、かなり課題は進んでいた。
残りはおおよそ四分の一ほどということもあり、ここからが気合いの入れどころにもなるだろう。
「がぁー…! もう頭がパンクしそうだ!」
「情けないこと言ってんな。終わりが見えてきてんだから、今こそ根性見せろ」
「俺の根性は運動限定で発揮されるんだよ!」
「なんだよその謎の生態は……」
時折軽口を交わしながら退屈な空気を紛らわし、こいつにも喝を入れてやる。
実際、颯哉も普段と比べれば頑張っている方だとは思うし、拓也の監視がついていることもあるのだろうがここまでよくやっている。
途中に何度か集中力を切らしてしまい小休憩を挟みこそしたが、そもそも永遠に集中力を途切れさせずに頭を動かし続けることなど不可能だ。
それを考慮すれば、この時まで勉強を継続できているのは褒めるべきところか。
「なんにせよ、後もう少しの辛抱だ。踏ん張って手を動かせ」
「……少しは情けをくれ」
「終わったらくれてやるよ。ほれ、とっとと終わらせろ」
颯哉が課題を片付けるまで甘やかすつもりはないので、早く進めてしまうように言えば肩を落としながら再び向き合い始めた。
その様子に少し厳しすぎたかもしれないという考えが一瞬浮かび上がるが、この状況を作ったのは他ならぬこいつなので、かける慈悲もなかった。
…そして、その一時間半後。
颯哉はようやく全ての課題を片付けることに成功した。
「……はあぁー! 終わったぞー!」
「お疲れさん。予想してたよりも早かったな」
それまで溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように、深く息を吐いた颯哉に拓也は素直に労いの言葉をかける。
時計を見れば、夕方になりかけていたくらいの時間帯だったので、課題に取り組んでいた時間としてはかなり短い方だったのではないか。
ともかく、これで颯哉の唯一の懸念点でもあった山盛りの問題集は片付けられた。
夏休みも残り少なくなってきたタイミングで手を付けられたことに関しては、まだましだった方か。
「いやほんとに疲れたな……けど、これで残りの休みは思う存分楽しめるな!」
「そこは今回の反省を活かして計画性に役立ててほしいところなんだが……まぁ良いか。唯にも終わったって言っておこう」
全身で喜びを露わにしている颯哉の感情に余計な横やりを入れるのも野暮なので、現在進行形で別の場所で真衣といる唯に連絡を送っておく。
まだ映画でも見ていて気が付かないかもしれないが、それが終わればいずれ帰ってくるだろう。
返事が返ってくるまで気長に待つことにして、それまで颯哉とゆっくり待機していようと姿勢を整えれば……その直後、携帯が通知を知らせてきた。
まさか送ってからすぐに帰ってくるとは思っていなかったので若干面食らったが、帰ってきたメッセージを確認すれば今からそちらに行くとのことだった。
「…ふむ。唯たちもすぐに来るってよ」
「そうか。ならそれまでは休ませてもらうかな……さすがにもう限界だ…」
まさにぐったりとした様子で絨毯の上に倒れ込み、たまりにたまった疲労を外へと向ける颯哉。
…だらしない仕草に思うところはあるが、こいつも努力をした結果のことだ。
しばらくはそっとしておいてやろう。
「お待たせー! 面白かったー!」
「お、お待たせ……」
「戻ってきたか。…唯はなんでそんな疲れてるんだ?」
満面の笑みを浮かべながら拓也の家に戻ってきた真衣と、どうしてか疲れた表情になりながら入ってきた唯。
対照的な二人の様子が気になり尋ねてみれば、真衣がどこか楽し気にしながら教えてくれた。
「んふふー。それがね、唯ちゃんったら映画見てる間はずっと涙目になりながら……」
「わー! わー! 真衣、それは言わなくていいから!」
「むぐっ! …えー、拓也に言っちゃだめなの? あんなに可愛かったのに」
「駄目!」
「……はーい」
よほど拓也には聞かれたくない内容だったのか、真衣の口を両手で押さえてまで漏らされるのを止めていた。
…まぁ、断片的な情報だけで何があったのかは大体察してしまったが、唯が聞かれたくないというのなら無理に追及するのはやめておこう。
「とりあえず中に入れって。唯もほら、ひとまず休め」
「……うん。ありがとう」
そのまま大人しく玄関に上がっていく唯の後に続いて、真衣も靴を脱いで上がっていく……と思いきや。
なぜかその前に拓也の方に向き直ってきた彼女は、とても楽しそうな笑みを浮かべながらこちらに小声で語り掛けてきた。
「…ねぇ拓也。あとで楽しみにしててね?」
「は? 何のことだよ」
「それはまだ言えないなー。まっ、いずれわかるよ!」
そんな意味深なことを言い残しながら、リビングへと直行していく真衣。
彼女の言葉の真意は分からなかったが、今問いただしたところでのらりくらりとやり過ごされることは目に見えていたので、特にそれ以上は聞くこともなく拓也も後に続いていった。




