第七十話 ねじ込まれた訪問
まだまだ暑さが残り続ける夏の早朝。
そんな朝早い時間から、拓也はある相手との電話対応をこなしていた。
その相手とは………
『頼む! 俺に力を貸してくれ!』
「…お前ってやつは……」
…数少ない友人である颯哉だった。
前にもこれとよく似たシチュエーションがあったような気がするので嫌な予感しかしなかったが、その予感に従って電話を取ればそれは的中していた。
話を要約するとこうだ。
颯哉はこの夏休み期間中、部活の練習や外出に興じており、その間に学校から出された課題があったことをすっかり忘れていた。
そしてそれに気が付いたのが昨日の事であり、今こうして拓也に手助けをしてほしいと乞うてきている。
…言ってしまえば、このままでは課題が終わらないから手伝ってくれということだ。
夏休みの残り日数的には十日と少しは残っているし、全力でやればあいつ一人でも終わりそうなものだが……いや、違うな。
これでも颯哉とはそれなりに関わってきたからこそわかるが、あいつは一人になると途端に勉強のやる気ゲージが下がっていくようなやつだ。
それこそ、自分が勉強をしているところを見ていてもらわなければ膨大な課題なんてまず片付かないだろう。
友の情けなさに頭が痛くなってくるが、放っておけばまた後から泣き疲れるのは目に見えているので突き放すのもそれはそれで面倒だ。
…仕方ない。
「はあぁ……なら、勉強は見てやるよ。その代わり、真面目にやれよ?」
『おお、助かる! そんじゃお前の家に行ってもいいか?』
「俺の家か……少し待ってろ。唯にも聞いてくるから」
『あぁそうか。秋篠さんもいるんだもんな。了解だ』
この場にいるのが自分一人だけであれば颯哉の提案にも即答していたが、今は唯も共に過ごしているので彼女の意見を聞かずに了承するわけにはいかない。
あいつもそのことは理解しているようで、大人しく返答を待ってくれるようだ。
電話をつなげたまま寝室からリビングに入っていき、ソファでくつろいでいる彼女に声をかける。
「なあ唯。これから颯哉がこっちに来るって言うんだが……唯は大丈夫か?」
「舞阪君が? それはいいけど、どうかしたの?」
「…あいつ、夏休みの課題に手を付けてないんだと。そのツケが回ってきたんだとさ」
友人のだらしない点を暴露するのは気が引けるが、元はと言えば颯哉がサボっていたことが全ての原因なので自業自得だ。
それを聞かされた唯は、少し引きつった笑みになりながら乾いた笑い声を上げている。
「そ、そうなんだ………じゃあ、お昼ご飯は三人分用意した方がいいかな?」
「ん? 別に俺たちの昼飯は適当に済ませるし、唯は唯で食べてていいぞ」
「それはダメだよ! 拓也くんのお昼は私が作るって決めてるんだから! …それに、拓也くん一人にするとまた栄養を考えないメニューにしそうだし、その方が心配だよ」
「……あー、なら昼は任せてもいいか?」
「もちろん! …何にしようかなぁ」
どうやら唯は拓也たちの昼食も作ってくれるつもりだったようで、そこまではしなくても良いと告げたのだが彼女の気迫に押し負けてつい受け入れてしまった。
まぁ実際、颯哉と二人で昼食になればまたコンビニ飯に戻ることが確定しているので、唯の懸念は当たっているのだが。
「なら来てもいいって伝えておくよ。面倒かけてごめんな」
「面倒なんかじゃないよ。このくらいで拓也くんが喜んでくれるならお安い御用だからね!」
「……ありがとな」
混じり気のない純粋な好意を正面からぶつけられ、若干照れくさくなりつつも颯哉に返事を聞かせてやるためにリビングを出る。
「…唯はオッケーだとさ。それと、昼飯も作ってくれるらしい」
『マジか!? 実は気になってたんだよな、秋篠さんの料理。お前の様子を見る限り相当美味いんだろうし、こりゃラッキーだな!』
「唯に感謝しろよ。あと、メインの目的は勉強であることは忘れんな」
『それは分かってるって。じゃ、今から行くから待っててくれ』
「はいよ。…いや、ちょっと待ってくれ」
『ん、どした?』
伝えるべき用件は伝え終わったので電話を切ろうとすれば、それよりも前に拓也の頭に懸念すべき要素が浮かび上がってきた。
…正直無視しても構わないことではあるのだが、万が一今回のことが漏れた場合恐ろしいことになりかねないので、そういうわけにもいかないか。
「…このこと、真衣にも言っておいた方がいいよな? もし終わった後であいつが知ったら、のけ者にされたって怒り狂うんじゃないのか?」
『……俺の方で連絡しておくわ』
「…頼んだ」
ここにはいない少女の性格を思えば、黙ってやり過ごすことは愚の骨頂だということで意見が合致した。
事前に報告しておけば文句も言われないだろうし、未然に被害を防げるならそうしておくべきだろう。
「なんにせよ、今度からはもっと計画的に片付けるようにしておけ。俺も何回も助けられるわけじゃないんだ」
『へいへい。考えておきますよ』
「いや、考えるだけじゃなくてだな……」
『おぉっと! もうこんな時間か! そんじゃ家出るから切るぞ!』
「あっ、おい! …本当に切りやがった」
自分に関することで、面倒ごとを言われそうになった途端に電話を切られた。
そんな友の言動に呆れるが、今文句を言っても張本人には届かないので無意味だろう。
思わず溜め息も漏れるが、いつまでもこんな態度でいるわけにもいかないので、無理やり気分を入れ替えてリビングに向かった。
これからあいつが来るというのなら少し準備は整えておいた方がいいだろうし、散らかっているわけではないが片付けでもしておこうか。
「颯哉がこれから来るってさ。昼の材料買ってくるから、唯も何か欲しいものでもあったら……どうした?」
颯哉が来るとなると冷蔵庫にある物だけでは食材も足りないはずなので、追加で買い足しに行く必要が出てくる。
なので近所のスーパーに買いに行くことを唯に伝えようと彼女のいるソファまで近づけば、なぜか驚いたような、呆然とするような表情をした唯がいた。
「……その、今真衣からメッセージが来たんだけど……これ…」
「ん? ………あいつは」
唯から差し出されるように見せられた画面には、真衣とのメッセージ記録が表示されており、そこには『颯哉だけずるい! 私も唯ちゃんの料理食べに行く!』と短く書かれた一文があった。
…これは、こちらの落ち度だな。あとの不始末のことを考えすぎたあまり、今日の予定を彼女に伝えればどういう反応が返ってくるかなんてわかり切っていたはずなのに……どうしてそこまで考えなかった。
額に手を当てながら、もう一人の友人の途方もない行動力を舐めていた過去の自分を恨んでいれば、メッセージを送られた当人である唯が戸惑ったように言ってくる。
「真衣が来ることはすごく嬉しいんだけど……お料理もそこまで手間じゃないし、誘いたいとは思ってるんだ。…ただ、拓也くんたちのお邪魔にならないかな?」
「ああ、唯がそれでいいならいいんじゃないか? 真衣だってこっちが勉強するってことは分かってるだろうし、わざわざ邪魔してくるようなやつでもないしな」
仮に真衣も我が家にやってくるとなれば、必然的に唯が作る料理も一人分増えることになる。
それは唯に対する負担が集中するのではと思わなくもないが、彼女自身は誘いたいと言っているし、それは拓也が待ったをかけることでもないだろう。
…もし、真衣がテンションを高ぶらせてこちらの邪魔をしてくるようであれば頭に拳骨でも落として止めてやればいいだけだし、何なら唯との一対一で絡んでもらってもいい。
「じゃあせっかくだし来てもらおうかな! …これは腕によりをかけないと駄目だね!」
「あんま気張りすぎないようにな。で、なんか追加で買ってくるものあるか?」
「あっ、えーと確か……」
なんてことの無い平凡な休日。
そう思っていた矢先にねじ込まれた訪問は、想定よりもはるかに騒がしい一日になることを予感させてきた。




