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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第二章

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第六十九話 価値観の違い


「そういえば、拓也くんの誕生日っていつなの?」

「ん? 俺の誕生日か?」


 再び戻ってきた唯との日常に最初は戸惑いもしたが、彼女の折れそうにもない意思と強固な決意の前では抵抗も無駄に終わり、今では以前のように二人で過ごしている。

 …ただ以前と変わった点があるとすれば、唯の態度がどこか変化したことか。


 前から拓也の面倒を見てくれていた彼女だったが、あの日以来その傾向はより強まっていっており、現在ではことあるごとに自分の世話を焼こうとする始末。

 例えば、拓也が外出から帰った時には荷物を預かろうと両手を差し出してきたり、早朝には必ず自分よりも早く起きてきて拓也を起こしてくれたりと。


 細かいものまで挙げていけばキリがないが、前とは比べ物にもならないほどに世話焼きになってきている気がする。

 それ自体は嬉しいのだが……なんとなく、むずがゆくもあるのだ。


 もちろん、唯がこうして接してきてくれるのはとても嬉しい。

 俺自身彼女のことは好意的に思っているし、それが異性への恋愛感情かどうかははっきりしないが、この関係を大切にしてやりたいと考えている。


 …だが何というか、今のようにただ唯に力を借りっぱなしというのは、情けなくも思えてしまう。

 せめて彼女と同じ時間を共有する仲として、唯と少しでも対等になれるように努力はしていかなければと思うのだ。


 まぁそれは追々か。

 今は彼女から聞かれた質問に答えるとしよう。


「ほら。この前拓也くんは私の誕生日をお祝いしてくれたけど、このままじゃ私が拓也くんの誕生日をお祝いできないなーって思って」

「別に俺の誕生日なんて祝わなくてもいいけどな……そんな大事でもないんだし」


 拓也個人としては、自分の誕生日などただ年齢を刻むだけの通過点に過ぎず、そこに大した意味は見出していなかった。

 実家にいた頃にはよく両親が祝ってくれたので思い出もあるにはあるが、こうして一人だけの環境となった今では自分のために祝い事を開くまでの労力を割くほどのことではないと考えていたのだ。


 なのでその思いを正直に話せば………なぜか背筋が急激に冷えていく感覚に襲われた。

 その悪寒の正体を直感的に悟った拓也は、見たくないと思いつつも本能には逆らえず、このとてつもない圧力の矛先……唯の方を振り向いた。


 そこには目元を細め、これ以上ないくらいに美しい笑みを顔に浮かべながら、その背後に想像もしたくないほどの吹雪を凍てつかせている彼女の姿があった。


「…えっと……唯さん?」

「拓也くん、ちょっとそこに座りなさい」

「……はい」


 有無を言わせない恐怖を全身から漂わせながら命令してくる唯に逆らう気力など湧きあがるはずもなく、大人しく床に座る。

 それを笑顔のまま眺めていた唯は、拓也が座り込んだのを確認すると冷徹な空気を纏った状態で思いの丈をぶつけてきた。


「…もう! 拓也くんは自分を卑下しすぎ! 何でそんな悲しいこと言うの!」

「……すみません」

「拓也くんにとっては大きなことじゃないのかもしれないけど、私にとっては大切な人の大切な日なんだから、そんなこと言わないで!」

「………はい」


 ものすごい剣幕で怒りだしてしまった唯に為すすべなく叱られる拓也だったが、正直ここまで唯が反応してくるとは思っていなかった。

 それもひとえに、唯が拓也のことを大切な友人だと思ってくれているからこそそう言ってくれるんだろう。


 そして彼女に怒られておいてなんだが、そこまで本気で思ってくれていることを喜んでいる自分もいるのだ。

 かつてはいなかった、自分の内面まで見てくれる身近な人の存在というのは、こうもありがたいものなのだと改めて思い知らされる気分だった。


「全く…! 拓也くんは周りのことはちゃんと見てるのに、肝心の自分のことは分かってないんだから困っちゃうよ」

「…分かってるつもりなんだけどな。俺がパッとしないのは紛れもない事実なんだから」

「それが違うって言ってるの!」

「えぇ……」


 気づけば終わりの見えない水掛け論になりそうな話題だったが、そうなっては本当に終わらなくなってしまうので早々に話を切り替えたほうがいいだろう。

 そう判断して拓也は、唯の意識を怒りから逸らすことに注力する。


「…まぁ分かったよ。それより俺の誕生日のことだろ? しっかり教えてやるから」

「…絶対伝わってないでしょ。これに関しては後できっちり理解させてあげないとね。…それで、結局いつ頃だったの?」


 …全く誤魔化せていなかった。

 後ほど恐ろしい目に遭わされることが確定したようだが、それを今から気にしていたら負けだ。

 意識はそれから切り離しておこう。


「誕生日は五月の十三日だな。特になんの面白味もない日だろ?」

「五月の十三日か……うん、覚えた! でも、もう過ぎちゃってたんだね…」


 その日付を記憶の奥深くに刻み込むように反芻していた唯だったが、その日がとうに過ぎ去ってしまっていたことに少し肩を落としてがっくりとする。

 拓也たちが出会ったのが六月の中頃だったので、そのタイミングにはとっくに終わってしまっていたのだ。


「こればっかりは仕方ないだろ。普通に忘れてくれたっていいさ」

「そんなことしないもん! …今年はできなかったけど、来年は絶対にお祝いしてあげるんだから!」

「…期待して待ってるよ」


 意気込むように、ふんっ!と腕に力を込めている唯の姿を見れば、本当に来年には盛大な祝い方をしてくれるつもりなんだろう。

 それまでに彼女の心持ちが変わっていなければの話だが……なんとなく、その未来は確かに訪れるものだと思えた。


 彼女の宣誓を軽く受け流しながら返事をすれば、盛大にやる気がみなぎってきたようでその瞳には炎すら灯っているように見える。

 …来年まで時間はまだまだあるっていうのに、せっかちなやつだな。


「…それにしても、私たちが話し始めてからまだ二か月しか経ってないんだね。何だかあっという間だったから嘘みたい」

「そうだな。最初はこんな風に話すなんて思ってもなかったし」


 冷静に振り返ってみれば、唯と話したのは六月ごろ。

 それから計算して考えてみればまだたったの二か月と少ししか経過していなかったのだ。


 その期間のあまりの密度の高さにもっと長い時間を共にしてきたようにすら思えるが、数字で表してみれば予想をはるかに下回っているのだから驚きもする。


「私たちの出会いも、雨がきっかけだったもんね……あれが無かったら拓也くんとも話してなかったのかぁ……」

「唯に話しかけた時には明らかに不審者を見る目で見られたしな。『何この人…』って感じで」

「そ、それはしょうがないでしょ! あの時はちょっと警戒してたし、よく知らない人だと思ってたし……」


 どうやらあの頃の対応は唯的に若干の黒歴史だったようで、アワアワとしながら恥ずかしそうに弁明している。

 だがこちらとしてはあの時の反応も今では新鮮に思えるので、それがなくなってしまったことは少し寂しくもあった。


 …その分、彼女との距離が縮められたという証拠でもあるから、嬉しいことではあるんだけどな。


「なんにせよ、今じゃこうしてゆっくり過ごす仲だ。人生何が起こるか分からないもんだよな」

「…そうだね。色々あったけど、やっぱりこうしていられるのは幸せだな」

「…そうかい。それなら何よりだ」


 大切なものを噛み締めるように目を閉じる唯は、神秘的にも感じられる儚さを振りまいている。

 唯にとっての幸福。

 もしその一助に自分が関われているのであれば……そうであったら良いなと思った。




「…ちょっと気になってたんだけど、拓也くんって今年の誕生日はどうやって過ごしてたの?」

「今年は確か……コンビニで適当にゼリー飲料でも買って過ごしてたな。特にケーキなんかも食べた覚えもない」

「……拓也くん、もう一度そこに座りなさい」

「………えっ?」


 ちなみにその後、再び墓穴を掘って唯の地雷を踏みぬいた拓也は、こってりと絞られることになった。

 ある意味彼の自業自得でしかないので、同情の余地もないが。


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