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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第二章

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第六十七話 自覚した気持ち


 唯と沙織さんの件は、これでほとんど解決したと言い切ってしまってもいいだろう。

 二人のやり取りを見ているわけではないので断言は難しいが、それでもあの慟哭を見ていれば、悪い結果になることなんてそれこそ考えられなかった。


 二人はお互いのすれ違いに気が付き、以前のような良好な関係に戻る。

 それは嬉しいことだ。間違いない。


「…けど、これで唯ともお別れか。…寂しくなるな」


 玄関前の手すりにもたれかかりながら、ぽつりとつぶやく。

 ここに来るまでに沙織さんに言われた約束。

 もしこの一件で唯との関係を悪化させてしまった暁には、彼女との縁を切る。


 その約束は無事に果たされたし、大きな問題もなく解決もできた。

 …だけど、その約束が果たされようが果たされまいが、俺と唯が離れることは避けられないことでもあった。


 だってそうだろう?

 唯は、以前のように母と過ごすことができる。

 それは、自分一人で過ごすのが嫌だから拓也の家で過ごすという、これまでの関係を失うことにもつながっているんだから。


 …最初、唯と沙織さんを引き合わせようと思いついた時点でその可能性は考慮していたし、一瞬迷いだってしたが……答えは言うまでもない。

 自分が寂しいからまた我が家に来てほしいなんて、ようやく幸せを手に入れた唯に言えるわけがないし、それは俺個人の我儘でしかない。


 そんな自分勝手すぎる理由で彼女を振り回せば、また母との関係に亀裂を入れてしまうきっかけになってしまうかもしれない。


「…ダメだろ。そんなの」


 唯と離れることに、思うところがないわけではない。

 むしろ、思うところなんてありまくりだ。


 しかし、今までの関係性だってもともとは偶発的な出会いから始まったものでしかなかったんだ。

 それこそ、些細な機会さえあればすぐにでも消失してしまうほどに細いつながり。


 今日のことで起こるのは、それがただ元に戻るだけ。

 何もおかしいことじゃない。


 …だから、この胸に広がる空虚な思いも、気のせいのはずなんだ。


「…もとから手元にあったものでもないっていうのに……随分強欲になったもんだよ」


 離れてほしくない。そう一言口にしてしまえば、心優しい少女である彼女は拓也の近くにいてくれるだろう。

 …それこそ、自分のやりたいことを押し殺してでもだ。


 それは、それだけは自分がやってはいけないことだから。

 この別れも、飲み込むしかないんだ。


()()一人か……まっ、いずれ慣れるだろ」


 身近な者達が離れていくことは初めてではないとはいっても、その傷跡は簡単には癒えてくれないらしい。

 過去の苦い思い出を思い返しそうなり、ぽっかりと空いた心に余計な苦しみを与えそうになるが、それを頭を振り払って無理やり追い出す。


 …あれは、終わったことだ。

 もう今の自分には何の関係もない。


 そうやって自分に言い聞かせながら苦しみを紛らわせ、なぜか長く感じられた一人の時間を過ごしていれば、不意に携帯が鳴らされた。

 その画面には、沙織からのメッセージが来たことを示す通知が来ており、軽い謝罪ともう入ってきてもらって大丈夫だという内容が送られてきていた。


「…気分を入れ替えねえと。こんな情けない顔で会うわけにはいかないしな」


 明らかに落ち込んでいたテンションを強引に叩き直し、できる限り普段通りの態度でいるように意識しながら、玄関の扉を開けていった。





     ◆





 泣き疲れた状態でお母さんと話していた私は、いつの間にか気を使って玄関に出ていた拓也くんを呼び戻した。

 どうやら親子の時間を邪魔するわけにはいかないと外で待っていたようで、お母さんがメッセージを送ってくれた。


 …拓也くん、わざわざそこまでしなくてもいいのに。


 家族の時間に横やりを入れるわけにはいかないと、会話を聞かないようにと紳士的な対応をしてくれていた彼には申し訳なさと共に、その過剰なまでの気の使い方が気にかかった。

 今回の一件。お母さんと再び話せたこと。今まで避けられていたと思っていたのだがただの勘違いであったこと。…そして、またお母さんと過ごせること。


 その全ては彼のおかげであり、その功労者をまるで追い出すかのような形になってしまったことには……少々、思うところがあった。


 そのまま部屋へと入ってきた拓也くんは、目の周りを赤くはらしている私を見て軽く微笑み、それでおおよその事態は察したのだろう。

 どこか安心したかのように笑った彼は、私に話しかけてきた。


「…気分は落ち着いたか、唯?」

「うん。…拓也くん、本当にありがとう。こうやってまたお母さんと話せたのは、全部拓也くんのおかげだよ」

「それは言いすぎだ。俺がやったのはあくまで準備だけで、それ以上は何もしてない。頑張ったのは唯の方だよ」


 そう言って彼は謙遜するが、私はそうは思わなかった。

 これがもし、拓也くんのいない状況でお母さんと引き合わせられていたとしたら、私は焦って何も言えないまま終わっていただろうし、状況は何も改善しないまま進んでいただろう。


 あそこで私が勇気を出せたのは、他でもない彼がそばにいてくれたからだ。

 そうでなければ、あれだけの思いを振り絞って本音を打ち明けることはできなかっただろうし、それは間違いない。


 なのでさらに礼の言葉を伝えようとすれば……その前に、お母さんが口を開いた。


「…あなたには感謝しているわ。ありがとう」

「いえ、唯にも言いましたけど、俺のやったことなんて大したことでもないですから」

「…そう。でも、あなたはそれでいいの?」

「……ここら辺が引き時ですからね。もう必要もないでしょう」

「……?」


 私には、二人が言っていることの意味がわからず首を傾げるばかりだった。

 …だけど、そう言い放つ拓也くんの顔が寂しそうに見えて……何でそんな顔をするのかと問おうとした時、他ならぬ彼の手によって留められてしまった。


「唯、もう疲れたろ? 今日はもう時間も遅いし、沙織さんと帰ったらどうだ?」

「えっ? だ、だってそれじゃ、拓也くんの方は……」

「こっちのことは心配しなくてもいいよ。…あぁそれとこれ、忘れんなよ? …それじゃ沙織さん、後は任せます」

「…あなたも、損な性格をしてるわね」

「よく言われますよ。変えるつもりもありませんけどね」

「…わかったわ。それじゃ唯、そろそろお暇しましょう」


 拓也くんから貰った誕生日プレゼントのネックレスを手渡され、まるで強引に流れを打ち切るかのように出迎えの準備が整えられる。

 …その様子がどこかおかしくて、なんでか悲しそうに見えるのに……私は、それを尋ねる前に玄関前に送られていた。


「えっと……拓也くん。今日はありがとう! また明日ね!」

「…ああ、じゃあな」


 別れる直前に見えた拓也くんの顔は、いつもと同じ表情のはずなのに……なぜか、頭から離れなかった。




 そのまま自分の家に戻ってきた私とお母さんは、何かを言うわけでもなく穏やかな時間を過ごしていた。

 けれど私はどうしてか、さっきの拓也くんの様子が忘れられなくて……そればかりを考えていた。


 そして、そんな私を見ていたお母さんは私の隣に座り、少し申し訳なさそうに声をかけてくる。


「…ねぇ、唯。一ついいかしら?」

「…? なぁに、お母さん?」


 この家で誰かから話しかけられるということに慣れていなかったので、若干反応に遅れてしまったが、それと同時に母と一緒にいられる実感が湧いてくることで嬉しさも感じた。

 …こんな嬉しい気持ちになれたのも、ひとえに拓也くんのおかげだ。明日ちゃんとお礼を言わなきゃ……。


 そんな彼への感謝で思考が満ち溢れていた時、隣の母からまさに予想外の話題を切り出された。


「…実はね、この家以外にも別のところにマンションを借りているの。あなたさえよければ、またそこで一緒に暮らせないかしら?」

「……えっ?」

「お仕事の都合で別の場所を中心にすることが多かったから……しばらくはそこで過ごしていたの。…どうかしら」

「………」


 それは、ずっと求めていたこと。

 最愛の母と、同じ場所で暮らす。

 あの時と同じように、というのは無理かもしれないけれど、それと限りなく近い環境に戻ることができる。


 …なのに、どうして私の返事はすぐに出ないのだろうか。


「…それじゃあ、学校は?」

「少し離れた場所になるから……多分、転校することになるわね。もちろん、無理にとは言わないわ」


 以前までの私であれば、即答していただろう。

 家族で同じ時間を共有し、その日にあった出来事を話し合って……そんな当たり前の日常を、何よりも欲していた自分なら。


 だけど、今の私には……何よりも真っ先に、拓也くんのことが浮かんでしまっていた。


「…分かってるわ。彼のことが気がかりなんでしょう?」

「……そ、それは……」

「そのくらいは分かるわ。…あの子もね、難儀な性格をしてるものよ。まさか、自分のことよりも唯を最優先にしているなんて思ってなかったわ」

「…え、それって……」


 母からその言葉を聞いた瞬間、あの時の態度に納得がいった。

 彼は、私のために自分の全てを犠牲にしてくれていたんだ。


 ぎこちなかった私とお母さんの関係を戻すための準備を整え、そのために自分の身も心も削ってくれていた。

 私が幸せになれるようにとそれ以外の一切を切り捨て、欲も全て押さえ込んだ上で、私を見送ってくれていた。

 そしてその果てに、自分だけが傷つく道を選ぼうとしていた………。


 それを自覚してから私の中に浮かび上がってきたのは……どこまでも他人のために頑張れる、()()()()()()()彼への懸念だった。

 拓也は優しい。それは今までの、そして今回の一件でもよく分かった。


 …だが、その優しさの中には彼自身を大事にするようなことが一切ない。

 今回のことだって、思い返してみればそうだ。

 まるで自分一人が傷つくことで解決するならそれでよいと、そんな悲しすぎる自己犠牲の感情で満たされた一連の流れは、実際に拓也一人だけが傷ついて終わろうとしている。


 …そんなの、絶対に間違ってる!


 こんなにも自分を明るい陽だまりに救い上げてくれた恩人が、その当人は日陰を彷徨おうとしているのだ。

 そんな彼の、優しすぎる行動を見ていれば……心が苦しくなっていくようだった。


「…あの子はきっと、自分を顧みていない。それが正しいのなら、迷いもなくそうする。そういう人間ね」

「そんなの…! 拓也くんだけが傷つくなんて間違ってるよ!」

「…そうね。でも彼は、自分の意見を曲げることなんてないでしょう」


 …そうだ。彼の頑固さは、自分でもよくわかっている。

 妥協するところは私にも譲ってくれるが、それがもし他者にとって大切なものであれば、たとえ自分の大切なものが消えようともその道を選ぶ。


 だからこそ、今回もそうなっているのだから。


「唯、もう一度聞くわね。…あなたはそんな彼を放って、私についてくる?」

「…ううん。お母さんと一緒に過ごすのも大切だけど、やっぱり私はここに居たい」


 さっきと同じ質問。だけど、その返答にはもう迷わない。

 少なくとも、恩人に対して何も返さないまま離れていくなんてことは、したくないと思ってしまったから。

 …何より、私が彼から離れたくないと、そう思ったから。


「……そう。なら好きにするといいわ。…だけど、最後にもう一つだけ聞かせて」

「…? う、うん」

「唯は彼のことを、どう思っているの?」

「…私が、拓也くんのことを?」


 拓也くんへの気持ち。

 彼は自分のために一生懸命になってくれる人で、そして何よりも私を大切に思ってくれていて……。

 たまに見せる笑った顔も、真剣に何かに取り組む表情も、何気ない一面に目が離せなくて。

 そんな彼の姿を見てきた私は、言いようもない幸福で満たされていて……いつの間にか、惹かれていた。


 …あぁ、そっか。

 恩を返すためだとか、彼を一人にしておけないだとか、そんな屁理屈じゃないんだ。


 ただ一つ、好きな人と一緒にいたいと思ってしまったから。

 お母さんの問いかけによって自覚した感情があったから、何としてでも離れたくなかったんだ。


「…私は、拓也くんのことが好き。だから、あの人を支えてあげたい」

「……分かったわ。それなら、この家を好きに使いなさい」

「ありがとう、お母さん!」


 ふっと微笑みながら、唯の感情を正面から伝えられた沙織は、いつの間にやら成長していた娘の姿を喜ばしく思いながらも、複雑な感情も混ざり合っていた。

 そしてその原因をつくりだした少年の姿を思い浮かべながら、彼への感謝を思うのだった。


「私もここには時折戻ってくるわ。仕事の関係でいつもは難しいけれど……その時は、また話しましょう」

「うん!」


 満面の笑みを浮かべる唯に、わずかに口角を上げて答える沙織。

 少し前までは考えられなかった幸福に包まれた空間では、自覚した恋心と愛おしい相手を思う少女の決意が満ちていた。


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