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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第二章

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第六十二話 欲しいものと物欲


 朝食を食べ終わった拓也たちは、食器もあらかた洗い終えてリビングで束の間の休息に入っているところ。

 拓也はいつものようにソファで休み、唯もそれに続くようにソファに座ってくる……のだが、なぜかそこに違和感を覚えた。


 いつもであれば二人はソファの肘掛けにもたれかかるように座っているため、少し距離を置いてくつろいでいる状態だった。

 だが今日は何というか……その隙間が狭いというか、唯との距離が近いのだ。


 普段なら数十センチは開いているはずの距離感が、今では数センチほどに縮められている。

 くつろぐのであればもっと向こうにいた方が快適に過ごせると思うのだが……一向に離れていく様子はない。


(…別に嫌ではないから良いんだけど……やっぱり落ち着かないな……)


 携帯をいじりながら唯の方をちらりと見てみれば、いつも以上に距離を近くしている彼女の姿が目に入る。

 なんてことの無い日常のはずだというのに、非常に楽しそうに身を揺らしている彼女の様子は非常に愛らしく見えてくる。


 そんな拓也の視線に気が付いたのか、唯がこちらに顔を向けてきたかと思えば、表情を崩して笑いかけてきた。


「なぁに? 気になることでもあった?」

「…いや、何でもないんだけど……」


 まさか唯の距離感が近いのが気になっていた、なんて正直に言うのは少し気恥ずかしいので、反射的に誤魔化してしまった。

 だが彼女を見つめていたのは事実だし、それで何もないというのはさすがに無理があるか………あ、そういえば。


 そこで思いついたのは、少し気にかかっていたこと。

 あの日を前にして、唯に聞いておきたいことが一つだけあったことを思い出した。


「唯ってさ、今欲しいものとかないのか?」

「欲しいもの? …うーん、そうだなぁ……」


 拓也が聞いておきたかったのは、唯の誕生日プレゼントに対する候補を絞っておくことだった。

 あと一週間にまで迫った記念日に渡すためのプレゼントを選別しておこうと思っていたのだが、その前に彼女自身の意識も確認しておきたかったのだ。


 正直この質問から誕生日プレゼントのことだと勘付かれてしまうのではないかと聞くことを躊躇っていたのだが……唯の様子を見る限り、そういったものだと思っているようには見えない。

 …なんというか、唯自身が自分の誕生日が近いということすら意識していないようにも思えた。


「欲しいものかぁ……悩んじゃうねぇ……」

「物に限らなくてもいいんだぞ? 例えばしたいこととか、やってみたいこととかな」

「そうなの? それなら……」


 拓也は彼女がこれをやってみたいというものがあるのなら、それをプレゼントとして送るのもありだと思っている。

 もちろん形に残るもので渡すのが定番ではあるだろうが、そういった形に囚われすぎなくてもいいだろう。


 なのでそう言ってやれば、なぜか唯は一瞬悩んだ後に拓也の方を見て、即決したように答えてきた。


「…特にないかな。細かく言えばあるけど、それも私が自分で頑張らないと駄目なものだしね」

「…物欲が薄いな、唯は」

「そーお? これでも結構我儘な方だと思ってるんだけど」

「本当に我儘なやつは、欲しいものを聞かれたら即答で答えてくるもんだよ。もっと自分のやりたいことを言ってくれてもいいくらいだって」

「…ふーん? そんなこと言われちゃったら、抑えきれなくなるかもしれないけどいいの?」


 唯の眼光が鋭く光り、口元に浮かべられた笑みは健在だが、纏う雰囲気が獲物を狙うハンターのような尖ったものへと変わった気がした。

 その変貌っぷりに少し慄くが、それも彼女の甘え方の一つだと思えば受け入れるつもりではあった。


「唯がそうしたいならな。好きにすればいいさ。まああんまり無茶ぶりをされると困るが」

「…ふふっ。そんな無茶は言わないよ。もし欲しいものが思いついたら、その時は教えてあげるね」

「気長に待ってるよ」


 そう言って唯との会話は終わるが、これは困ったことになってしまった。

 彼女から欲しいものを聞き出してプレゼントの参考にしようと思っていたのに、まさかの欲しいものはないという回答で終わってしまった。


 せめて好きなものの傾向でもつかめればとわずかに期待していたのだが……それすらも把握できないとは。

 …仕方ない。これ以上の詮索は怪しまれるだけだろうし、あとは自力で探すしかないか。




「というわけで、力を貸してくれないか? 真衣」

『……そこで自分の力だけで探そうとせずに、私を頼るあたりが拓也の良いところだよね』

「俺は女子への贈り物のセンスなんて皆無だからな。ここは女子の真衣からアドバイスをもらっておいた方がいいだろ」


 今の拓也は、女友達の中で唯一頼れる相手とも言っていい真衣に電話で相談をしていた。

 部屋にいる唯に内容を聞かれるわけにはいかないので、玄関先に出て会話を行っているが、なぜか真衣には若干呆れられているような気がする。


 …いや、俺とて最初は自分の頭だけで考えようとしたのだ。

 唯の日常生活の様子から彼女の好みを必死で思い出し、それを参考にしようとしたのだが……色々と考えすぎて行き詰ってしまった。


 結果、一度他人の考えを聞いてクールダウンしようという結論に至り、こうして真衣に電話をかけているという次第だ。


『にしても、唯ちゃんの誕生日か……。私もお祝いしに行きたいけど、それはダメなんだよね?』

「…ああ、悪いけど、当日はやめてくれると助かる」


 真衣に相談している身でありながらはた迷惑なことだが、拓也は彼女に誕生日当日は二人だけにしてほしいと頼んでいた。

 それは決して悪意を持ってそう言っているわけではなく、()()()()がある以上、そうする他無かったのだ。


 そして、そんな意味も分からないお願いをされた真衣はというと、ありがたいことにその提案を受け入れてくれた。

 当然、当日に彼女を祝ってやれないことに思うところはあるようだが、こちら側に何らかの意図があるのだろうということを察してくれたのだろう。

 こんな相談まで乗ってくれている上に、勝手な事情まで汲み取ってくれているのだ。本当に今回は頭が上がらない。


『まっ、私の方は次の日にでもお祝いに行くよ。拓也に独り占めされる分、その時間はきっちり独占させてもらわないとねー』

「…ほどほどにしとけよ。唯が疲れ果てない程度にな」


 電話の向こうで「はーい」という気の抜けた返事を聞きながら、誕生日後日に構われまくる唯の姿を幻視した。

 …一応忠告はしたが、真衣のことだから絶対に聞いていないんだろう。また大変なことになるのが目に浮かんでくるようだ。


『それはさておき、プレゼントのことでしょ? 唯ちゃんの好きなものとかは知ってるの?』

「俺もそれを考えてたんだけどな。基本的に唯って欲がないというか……特にこれといった趣味なんかもなさそうだから難しいところなんだよな」

『あー……確かにそんなイメージもあるかも。なんていうか、自分のしたいことを優先するっていうより相手のことを優先するって感じだから、それも大きいのかな』

「…そうかもな」


 唯は大抵の場合、自己主張をすることがほとんどない。

 それこそ、仮に拓也が何かを食べたいと言えばそれに合わせてきてくれるが、逆に彼女の方からそういった要望を出す機会が皆無と言ってもいいくらいなのだ。


 それはひとえに、唯の根本に染みついている優しさと相手を思いやる心がそうさせているのだろうが、彼女自身の意見が欲しいこの場ではかなり手痛いことでもあった。


「一応考えてるものとしては、唯って甘いものが好きらしいからケーキを買ってこようとは思ってるんだけどな……」

『おお! それいいじゃん! …けどなんか納得いってなさそうだけど、不満なところあった?』

「いや、ケーキって誕生日にデフォルトでついてる印象が強いからさ。それとプレゼントをひとまとめにするわけにはいかないだろ?」

『…なるほどね』


 日々の生活の中から得た数少ないヒントの中で、唯の嗜好に関することを思い出していた。

 唯は普段からココアを常飲していることから、甘味を好んでいることは事前に知っていた。

 ならばそれを活かさない手はないと思い、既に駅前のケーキ屋で良さそうなものを選別し、予約も済ませているのだ。


 ただ問題なのは、それでプレゼントに使えるカードの一つを切ってしまっているということだった。

 さすがにケーキに加えてさらに甘いものなんて出したらしつこくなるだけだろうし、プレゼントまでそれ一色にするわけにもいかない。


 ゆえに、プレゼントに関することはほとんどノーヒント状態に戻されてしまっているのだ。


『んー、そうだなぁ……。ちょっと難しいかもしれないけど、アクセサリーでも贈ってあげてみたら?』

「アクセサリー? けど、男から贈られた飾り物って気持ち悪くないか?」

『そりゃ、知らない人から贈られたりしたら気持ち悪いよ? でも拓也と唯ちゃんは知らない仲じゃないし、むしろ仲は良いじゃん? だから悪くはないかなーって』

「……ふむ」


 それは、拓也も一瞬考えはしていた案だ。

 唯に何か似合いそうな装飾品を贈り、それを誕生日のプレゼントとする、というもの。

 だが、男からそういった類のものを受け取るのは抵抗があるという意見を聞いたこともあったし、それならば候補からは外そうと思っていたのだが……真衣の話を聞いていれば、無しではないようにも思えてくる。


 もちろん、贈り物である以上半端なものは選べないし、自分のセンスから喜んでもらえそうなものを選べるのかという不安も残っているが……考慮する価値はあるだろう。


「…わかった、それも考えてみるよ。色々とありがとな、真衣」

『はいはーい。こんくらいお安い御用だよ! …まあ拓也から貰ったものなら何でも喜んでくれそうだけど、精一杯考えてみなよ』

「ああ、それじゃまたな」

『またねー!』


 その言葉を最後につなげていた電話を切る。

 学校生活では突拍子もない行動を取ってくる真衣だが、やはりこういった時には非常に頼りになる。


 有用なアイデアを手に入れた拓也は、それを忘れないように携帯にメモを残しながら、自宅へと戻っていった。


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