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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第二章

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第六十話 すれ違い


 シックな雰囲気を漂わせている小洒落たカフェ。

 拓也の家から近所にあるこの店は、営業していることは知っていたが、実際に入ったことはなかった。


 それは敷居が高そうだというのもそうだが……何より、一人で入っていく勇気もなかったということに尽きる。

 しかし、今の拓也はこの店内で時間を過ごしている。


 そしてその正面には……気品を感じさせる立ち振る舞いをしてくる、唯の母親と対峙していた。


「…まず、申し訳ありませんでした。わざわざお時間を取らせてしまって」

「別に構わないわ。そんなことを思っていればこんなところまで来ていないし……それに、あなたが()()()()()というのなら尚更ね」


 そう。俺がこの人とコンタクトを取るにあたって、唯と何かしらの関係があるということは話していた。

 それくらいのことをしなければまともに取り合ってももらえないだろうという判断からしたことだが、正直唯を利用してしまったようで胸が痛い。


 しかし狙い通り、それを聞いた彼女はここではなんだろうと言って、このカフェまで案内してくれた。

 木目調のインテリアで揃えられた店内には落ち着いた音楽が流れており、俺たち以外に客は一人もいない。

 気兼ねなく話すには最適の場所だったのだろう。


「…聞きたいこともあるけれど、最初は自己紹介だけしておきましょうか。唯の母の、秋篠(あきしの)沙織(さおり)です。名前で呼んでいただいて構わないわ」

「…原城拓也です。沙織さんにも説明しなければならないことも多いので、とりあえず簡単に唯とのことについてご説明します」

「ええ、お願いするわ」


 どこまでも淡々とした様子に、自然と背筋が伸びる思いだが、圧倒されてばかりではいられない。

 そこから拓也は、唯との出会い、共に過ごすようになったこと、その要所をかいつまみながら沙織に話していった。


 そんな会話の中で、わずかに眉を動かされた時には内心恐怖したが……母親ともなれば、この言動に思うところもあるのだろう。

 説明自体はほんの十数分で終わり、それを聞いた沙織はほんの少し息を吐きだした。


「…なるほど。つまり唯はあなたの家でお邪魔になっていて、そこで時間を共にしている、と」

「はい。ただこれは俺の責任でもあります。お怒りなのは重々承知ですし、どんな罰でも受け入れるつもりです」


 親に黙って勝手なことをしてきた。

 それに対して報いを受けさせるというのなら、拓也は文句も言わずに受けるつもりだった。

 だが、沙織の考えはそうではなかったらしい。


「怒ってもいないし、罰を与えるつもりもないわ。唯がそれで満足しているというのなら、私が口を出すことではないもの」

「…そう、ですか」


 無関心。

 そんな一言が脳内をよぎる。


 放任主義とでも言えば聞こえはいいが、沙織の唯に対する態度はそれを逸脱しているようにも思えた。

 どこまでいっても唯に関わらないように、彼女を避けるように。

 ここまでは、唯本人から聞いた通りの印象だ。自分からかつての父親の面影を感じているのではないかと。それゆえに干渉しないのではないかと。


 しかし、俺の中で湧きあがっていた疑問の答えを出してしまうには、まだ早すぎる。


「それともう一つ。謝らなければならないことがあります」

「謝らなければいけない?」

「自分はついこの前、あなた方の家庭の事情を唯から聞いてしまいました。本来ならば、部外者にすぎない身で土足で踏み込んではいけないことに、踏み入ってしまいました。それを謝罪させてください」

「………そう」


 ここにきて初めて、沙織が感情らしきものを見せた。

 他人に自分たちの事情を知られておきながら、いい気分がする人はいない。

 それは目の前のこの人も例外ではないようで、少し落とされた目線からは読み取れない感情が出ている。


「…それで、うちの事情を知って私に声をかけてきたのは何故かしら。その目的を教えてもらえる?」

「…俺があなたに声をかけたのは、お聞きしたいことがあったからです」

「聞きたいこと?」


 今日この時、唯の母親である沙織に接触したのは他でもない。

 唯の話を聞き、彼女の境遇を知ったからこそ、浮かび上がった疑念。


 それは………


「沙織さんは……唯のことを、嫌っているんですか?」


 …彼女が唯のことをどう思っているのか、ということだった。


 唯から聞いた話では、自分は母親から疎まれており、そのせいで関わることがなくなってしまったのだということだった。

 …だが、本当にそうだろうか?


 過去の話を聞いた限り、沙織は唯のことを相当に可愛がっていたとのことだ。

 それならばいくら父親の浮気が発覚したとしても、その出来事一つで娘への愛情まで冷めてしまうなんてことがあるとは思えなかったのだ。


 もちろん、他人の感情の移り変わりなんて人それぞれだ。

 急激な心情の変化によって唯への心証が一変してしまうことだってあったのかもしれない。

 それでも、こうして実際に対峙してみて、沙織はそういった感情の移ろいを起こすような人物ではないように感じたのだ、


 そんな拓也の問いに対して一瞬の沈黙の後、沙織は固く閉ざしていた口を開く。


「…そんなはずがないでしょうっ!」

「っ!」


 それは、明確な否定だった。

 唐突に上げられた声量に体が委縮しかけるが、それを根性で堪える。


「…ごめんなさい。いきなり大声を出したりして」

「い、いえ。少し驚きましたけど大丈夫です。…ただ、意外でした」


 頭の片隅で、考えはしていた。

 沙織が実は唯のことを疎んでなどおらず、彼女への愛情を忘れていないという可能性を。

 だが、こうも本人の口から明言されると、また違った衝撃がくるものだ。


「意外というほどでもないでしょう。自分の子を嫌いになる親なんてそうそういるものではないもの」

「…ならどうして、沙織さんは唯と話さないんですか? あいつだって、それを望んでるはずでしょう」

「…私には、もうそんな資格なんてないのよ。あの子の前にいる権利なんてね」

「……資格?」


 どこか諦めてしまったかのように、もう関われないことを飲み込んでいるかのような哀愁を漂わせた沙織の風貌に、拓也は違和感を覚える。

 なぜそこで資格なんて言葉が出てくるのか。そんな疑問を言葉にする前に、沙織が発言を続ける。


「…既に事情を知っているあなたに隠していても意味もないわね。あの子の父親がいなくなったことは知っているのでしょう?」

「は、はい。あまり大声で言うことでもないことですけど、その……他の相手と…」

「ええ、そうよ。だから私はあの人と別れることを選んだ。その選択に悔いはないし、正しいことをしたと思っているわ」


 それを話す沙織の態度は、清々とした雰囲気を思わせるもので、その言葉に嘘がないことを示していた。

 ならばこそ、なぜそれが唯に対する態度につながってくるのか。


「別れたことに後悔はない。…でもそれは、私にとってのものでしかなかった。あの子からしたら、わけもわからないまま父親を失ってしまったのと同じなのよ」

「…それじゃあ」

「…子供にとって、父親という存在がいなくなることは耐え難いことよ。それこそ今でもはっきりと、唯の呆然としている様子が目に浮かんでしまうの。…あの子が大切にしていたのを壊したのは、私も同じなのよ」

「………」


 ずっと、考えていた。

 なんで可愛がっていた唯を、突き放すようなことをしたのか。

 どうして彼女への態度を一変させたのか。

 その答えはひどく単純で……ひどく歪なものだったんだ。


 沙織の話を聞いた拓也は、それぞれの話を聞いて全てを理解した。

 娘の大切を奪ってしまった罪悪感から、合わせる顔を失った母。

 去って行ってしまった母を追いかけたくて、それでも待つことしかできなかった少女。


 どちらも本音は会いたかったはずなのに……たった一つのすれ違いが、それを許さなかったんだ。

 結局この人も、唯を大切に思っているのには変わらなかったというのに。


「だから私は、せめて唯に不自由のない生活をさせてあげるために仕事に身をつぎ込んだ。…あなたからすれば、間違っていると思われるんでしょうけどね」

「…そうですね。理解はしても、納得はできません」

「それでも構わないわ。…私にできることなんて、このくらいしかないのだから」


 精悍な顔つきに陰を落としながら、話せることはそれだけだと言わんばかりに沈黙が訪れる。

 …俺にできることは本当に何もないのか。この二人の、すれ違ってしまっている関係性を解けるような何かがないのか。

 そんな思考がぐるぐると巡り、重苦しい空気が満ちてきたところで、沙織から予想だにしなかった言葉が飛んできた。


「…十四日」

「……え?」

「八月の十四日。それは、あの子の誕生日よ。あなたが祝ってあげてちょうだい」

「…沙織さんは、何もされないんですか?」

「私にはもう、親として祝福してあげられるほどあの子との接点はないわ。あなたがしてあげた方が喜ぶでしょう」

「………」


 今日は八月の七日。

 つまり、唯の誕生日までは残り一週間だ。


 …沙織さんは、本当に何もするつもりはないんだろう。

 もう会話は終わったという態度から、それは如実に伝わってくる。


 一抹の不安を抱えながら明かされた、唯の生誕の記念日。

 それ自体は盛大に祝ってやりたいと思うし、そこに関して相違はない。


 …だけど、それだけじゃダメなんだ。

 彼女を喜ばせてやるためには、それ以上のものをつかみ取らなければならないのだから。


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