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第六話 訪問看病


「お、お邪魔しまーす……」


 直前まで俺の看病をすると張り切っていた秋篠だったが、家に入った途端に緊張したような面持ちになっていた。

 それも当たり前だろう。相手は病人とはいえ男子の住んでいる場所に行くなど普通はそうそうあることでもないし、大人しそうなこいつの性格を考えればなおさらだ。

 …いや、秋篠くらいになれば付き合っている相手がいてもおかしくないし、もしそうだとしたら現状は非常にまずいことをしているのでは?


「おぉ……! これが男の子の部屋かぁ…」

「あ…」


 だがそんなことを気にしている間にも彼女は俺の家に踏み込んでいった。…そう、物が散乱している状態の空間に。

 すっかり忘れていた。別に見られて困る物なんてないからと秋篠を我が家に上げたというのに、この家の惨状が何よりも恥ずかしいものだったということに今更気が付いてしまった。


 しかし後悔しても時すでに遅し。この散らかりまくった状態はばっちり見られてしまったし、誤魔化そうにもどうにかできるものでもない。

 せいぜい俺にできることがあるとすれば、内からこみ上げてくる情けなさに耐えながら素直に説明することくらいだ。


「…すまん、散らかってて。つまづかないようにだけ注意してくれ」

「へ? あ、そうだよね! ごめんね? ジロジロ見たりして…」


 彼女も彼女なりに気を使ってくれているのだろう。その証拠にあまり室内を見渡したりはしないようにしてくれているが……それをするにはもう遅すぎた。

 …見られしまったものはしょうがない。今度片付けを行うことを心に誓い、俺は寝室へと向かう。


 寝室には簡易的な机と照明、そしてベッドが置かれており、スペースはそこまで広くない。ただ寝る分には何も問題がないし今までも気にしてこなかったのであまり意識はしていなかったが、複数人でいるとなると少し狭かったかもしれない。

 そう思ったが秋篠の顔を見るが彼女はそこまで気にしていないようで、ベッドに寝転がった俺を見ると気合いの入った笑みでこちらに告げてくる。


「よし! それじゃあ色々と準備してくるから、キッチン借りてもいいかな? 何か作ってくるよ」

「使うのは全然構わないけど…あまり無理しなくていいからな?」

「無理なんてしてないよ。なら早速使わせてもらうね!」


 それだけ言い残すと彼女は寝室から出ていき、部屋には俺一人が残された。


 …ほんとに何なんだろうな。このおかしな現状は。

 布団の中で寝転がりながら、今日の怒涛すぎる展開を振り返ってみればおかしなことしかないとしか言いようがない。


 まず、クラスの同級生と会話をしたというだけでも俺にとっては大きすぎる出来事だったのに、そこから一緒に帰宅するなんてことまで加わっているのだ。

 …あれに関しては半ば介抱のようなものだったから、そういったこととは少し違ったかもしれないが、やはり普通のことではないだろう。


 そして極めつけにこの看病という状態だ。

 彼女からしてみれば傘を貸してもらった相手という恩義があるし、自分のせいで風邪をひかせてしまったという負い目があるからこそやっていることかもしれないが、俺自身はあの出来事をそこまで重く考えてほしいなんて思ってもいないし、まして世話を買って出てほしいなんて思いつきすらしなかった。


 けれど現実として秋篠は俺の家まで来て面倒を見てくれているし、自ら看病を買って出てくれている。

 ただの同級生の男子相手に、普通そこまでするものだろうか……。

 …違うな。彼女だからこそ、ここまでしてくれているのだろう。


 秋篠は、とにかく優しい。これまでの数少ないやり取りからでもそれは分かっていた。

 根底にある他者への思いやりと、自分の中で抱えている責任感の強さがこういった行動力の強さにつながっているのだろう。


 …まぁさすがに、今回のようなことはレアケースであろう。

 彼女も男子の家に上がり込む機会なんて多くはないだろうし、最初の緊張した様子からこういったことには慣れていないのかもしれないということが予想できる。

 彼女の内面までも理解できたわけではないので的外れかもしれないが、まるっきりずれているというわけでもないように思えた。


(今はありがたく思っておこう……。もうこんなこと、二度とはないだろうし)


 この妙な貸し借りも、看病が終わってしまえば自然に断たれる。そうなればもう彼女と話す機会もなくなるだろうし、言葉を交わすこともない以前までの関係に戻っていく。

 それを少し寂しいと思ってしまうことは否定できないが、もともと関わりも薄かった間柄なんだ。むしろ戻ることが当たり前と言える。


 いつまでも執着していてはみっともない。割り切って過ごしていくしかないことだ。

 そこで思考を中断し、今の自分の状態を顧みる。


「そういえば着替えてなかったな……。汗もかいてるし今のうちに服脱いでおくか」


 流れでベッドに入っていたため、俺の恰好は制服のまま。熱のせいで汗もかいていたし、一度体をタオルか何かで拭いておきたい。

 着替えは別の部屋にあるので取りに行かなければならないが、タオルだけは何かあった時のためにと部屋に常備してある。

 なので汗を拭きとろうとシャツを脱ぎ、上半身をさらけ出したところで……部屋の扉が開けられた。


「原城君。お鍋の場所ってどこに………ぴゃっ!?」


 そこから顔を出したのは、もちろんだが秋篠だ。勝手のわからない他人の部屋であり、調理器具の位置もいまいちわからなかったのだろう。

 それを聞くために拓也のいる部屋に戻ってきたのだが……タイミングが悪かった。

 上半身だけとはいえ男子の裸を見たことで、彼女の顔は一気に赤面し明後日の方向を向いている。

 羞恥のためか全身はプルプルと震えており、状況に頭が追い付かないといった様子だ。


「なっ、何でシャツ脱いでるの!?」

「汗かいてたから拭こうと思って……そこまで恥ずかしがることか?」

「そりゃそうだよ! 男の子の裸なんて見たこと無かったし…!」


 次第に消えゆくような声色で言い訳をしている秋篠の姿を見て、拓也は彼女が皆から好かれている理由を少し理解できた気がした。

 全身に力を入れて硬直するように震えている様子は見ているだけでも保護欲を掻き立てられるし、思わず和んでしまう。

 愛らしさを感じさせる言動には目を引かれてしまうし、注目を集められるだろう。

 あれだけ男子に言い寄られているのだから、慣れているのかと思っていたが……この様子ではそんなこともないのか。


(そりゃ人気になるわな。こんだけ魅力的な子がいたら)


 学校では馴染みやすい雰囲気の中に気品を感じさせ、少し周囲と距離を置いているというか、一歩引いているようにも見えた。

 それが今では、ただ羞恥心に悩まされている一人の女の子にしか見えない。

 学校での振る舞いを見ているからこそわかるが……おそらくこっちの方が、彼女の素に近いんじゃないか?


「い、いいから! 早く着替えてきて!」

「そんなに人に誇れるようなものでもないんだがな……横、通らせてもらうぞ」


 拓也の体は無駄な脂肪がついているわけではないが、かといって筋肉がついているわけでもない。

 いわゆるやせ型であり、人様にひけらかせるようなものではないと自負している。

 なのでそこまで目を背けるようなものでもないのだが、彼女にとっては見慣れない男の裸を凝視するなんてことはできないんだろう。


 これ以上彼女をいじめるわけにはいかないので、隣の部屋にあるはずの着替えを取りに行く。

 部屋を出ていく前に彼女の秋篠のすぐ近くを横切ろうとして、意地でもこちらを見ないという意思を感じさせる様子には苦笑が漏れてしまったが、笑うのも失礼に当たるだろう。


 大人しく部屋を移動し手ごろな着替えを手に取り、その場で着替えてしまう。

 汗まみれな制服からようやく解放されたことで少しすっきりし、気分も落ち着いた気がしてきた。


 そのまま着替えを済ませて寝室に戻れば……そこにはまだ顔を赤くしている秋篠の姿があった。


「着替えも終わったけど……それで、どうしたんだ?」

「…お鍋の場所がわからなかったから、聞きに来たの。そしたらは、裸を見ちゃうなんて……」

「気にしなくていい…って言いたいけど、無理そうだな…」


 別に俺の方は見られたからと言ってどうにもこうにもない。

 積極的に見られたいとは思わないが、不可抗力で鉢合わせてしまったところで男の裸なんてそこまで価値のあるものでもないし、それを問い詰める気もない。


 ただ俺が気にしないからとしても、彼女の方が気にしないかと言われればそれは話が別だ。

 雰囲気からなんとなく察してはいたが、思っていた以上に初心(うぶ)な彼女にとってはそう簡単に忘れることなどできないだろうし、衝撃の強さも計り知れないものだ。

 だから俺にできることといえば、せめてこの話題から少しでも意識を逸らしてやることくらいのものだ。


「俺も気にしてないからいいよ。それより鍋の場所だろ? 下の棚の奥にしまってあるはずだからそれも好きに使ってもらっていい」

「あ、そうだった! じゃ、じゃあ遠慮なく使っちゃいます!」


 そう言って彼女は勢いよく部屋から飛び出してゆく。

 …まさに嵐のような出来事だったが、彼女の名誉のためにも忘れてしまった方がいいだろう。


 そうしておこう。

 部屋から出る直前にも自身の耳を真っ赤に染め上げていたことなど、俺は見ていないんだから。


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