第五十話 耐性のあるものないもの
その後もくだらないながらも盛り上がりに事欠かない会話を続けながら昼食は進み、三十分も経つ頃にはこの場の全員が食べ終わっていた。
使っていた食器の後始末も済ませたので、もはやここに留まっている理由もなく、今度はこの次の予定を定めるターンになった。
「食った食った! かなり腹は膨れたな!」
「そらあんだけ食べてればな。それでどうするよ。次に行きたい場所とかあるか?」
無事に食事も取り終わり、食休みも少し挟んだので多少動いても問題はない。
なのであと決めなければならないのは目的地だけ。
別にあてもなくさまよって、気になるものがあったらそこに寄ってみるというのもそれはそれで楽しいだろうが、やはり目当ての場所は定めておいた方がより長く楽しめる。
すると、事前に行きたいところをピックアップしていたのか、颯哉たちが示し合わせたかのようにある場所を提示してきた。
「ふっふっふ……やっぱここまで来て、あれは外せないだろ!」
バン! という効果音が響いてきそうなジェスチャーと共に指さすのは、目の前に大きくそびえたっているウォータースライダー。
他のことに意識を割きすぎていて忘れかけていたが、確かにこのプールの目玉といえばあれであり、外すことはできないだろう。
拓也も絶叫系のアトラクションやそういったものには耐性があるので、行くことには問題はない。
時間的にもそこまで混雑はしていないだろうし、ちょっくら行ってみるか。
「俺はいいぞ。唯もそこで大丈夫か?」
「うん! 私も少し気になってたし、行ってみたいな!」
若干の懸念点として彼女がこういったアトラクションを苦手としていないかという点があったので、唯に尋ねれば期待に胸を膨らませているようだった。
絶叫アトラクションでも特にいけそうだということが確認できたので、そのまま飲食の売店を後にし、ウォータースライダーのある地点へと歩いていった。
「また近くで見るとでかいな……。これ、相当な早さになるんじゃないか?」
「俺も乗ったことはないからわからんが、かなりスリルがあって楽しいってよく聞くんだよ。ま、それは乗ってからのお楽しみだな!」
ウォータースライダーの入場口は階段で上がっていく形のようで、それだけで少し疲労してしまいそうになるが、この後の楽しみを考えれば気合いも出るってもんだ。
だがこうして階段を上っていくとより実感できるが、かなりの高さが確保されている。
少し下を見下ろせば地面とはかけ離れた位置にいることがよくわかり、高所恐怖症ではないがそれなりに恐怖心を煽られてくる。
それは拓也以外の面々も同様なようで、時折階段の手すりから下を見て怖がっているようなスリルを楽しんでいるような声をあげていた。
「これはすごいね……! この高さから一気に駆け下りるっていうのはテンション上がるよ!」
「真衣ってこういうの好きだったんだね。ちょっと意外だったかも」
「まあね。基本的にアトラクションで苦手なものはないかな。…それにしても、唯ちゃんの方こそ怖くなさそうだね?」
「私もあんまり高いと怖いとは思うけど、しっかり安全が確認されてるなら大丈夫って思えるタイプだからね。そこまで怯えはしないかな」
「案外頼もしい感じだったか……。でも、怖がってる唯ちゃんも見てみたいなー! ちょっと怖がってみてくれない?」
「そ、そんな無茶な…!」
唯と真衣も盛り上がってきているようで、会話から気分が高揚してきていることが伝わってくる。
こんだけの高さともなれば滑り落ちていくときの爽快感も相当なものだろうし、上の方から聞こえてくる赤の他人の絶叫にも近い叫び声がその予感を増幅させてくる。
「ねぇ、拓也も怖がってる唯ちゃん見てみたいよね? 絶対可愛いもん!」
「…無理に怖がらせる必要もないだろ。そんなことしてトラウマにでもなったらどうすんだよ」
「えー……でもなぁ…」
こちらに話が振られてきたので返してやったが、あいつは何言ってんだ。
わざわざ唯をビビらせるなんて嗜虐趣味は自分にはないし、そんなことをして彼女から嫌われでもしたらそっちの方がダメージがでかいに決まっている。
…怖がる彼女の様子に興味がないわけではないが、少なくとも狙ってやることでもない。
「何かあると思うんだけど………そうだ! 唯ちゃんってホラーは苦手?」
「えっ!? ホ、ホラー!? そ、それは………大丈夫、だけど……」
…分かりやすい。明らかに苦手な態度だ。
本人からすれば誤魔化そうとしているつもりなんだろうが、目を白黒させていたり明らかに挙動不審になっていたりと、第三者からすれば全く隠せていない。
それは真衣も当然のように理解してしまったようで、その様子を見てニンマリと笑顔になる。
「そっかぁ~。なら今度、一緒にホラー映画見ない? 見たいものがたっくさんあるんだよね~!」
「たくさん!? そ、それはちょっと…!」
「んー? でも唯ちゃんはホラー大丈夫なんだよね? ならいけるでしょ! 今度予定送っておくね!」
「ふぇぇぇ!? …た、拓也くん。ど、どうしたら……」
「…あー、まあ、頑張れ」
「ええええぇぇぇ!? そ、そんな……」
本当はここで止めてやった方がいいのだろうが、唯が明確に拒否していないというのに俺がこの誘いを断ち切ってしまうのもおかしな話かとも思い、見送ることにした。
…先ほどまでとは異なり、高さとは別の意味で震え始めてしまった唯。
これは当日のメンタルケアに努める必要が出てきそうだ。
なんやかんやとありつつも、階段の頂上までやってきた拓也たちはウォータースライダーの入場口にまでたどり着いた。
そこにはいくつかの入り口やたくさんの浮き輪なんかが常備されており、今まさに滑り落ちていった人たちなんかもいて大いに盛り上がっている。
「もー! なんで私だけ確認することになるの!」
「落ち着けって。職員の人も悪意があってやったわけじゃないんだからさ」
「それはわかるけど……! でも拓也くんたちは何も言われなかったじゃん!」
「そりゃ、俺たちは明らかに基準は超えてるからな……」
「私だけされたのが納得いかないの! もう高校生なのに!」
そんな盛り上がっている中で、なぜか唯は怒りを露わにしていた。
その理由はとても単純なものだ。
この頂上にまで駆け上がってきた後、俺たちはどこに行けばいいのかと職員の人に聞こうとしたのだが、それよりも前になぜか唯だけが声をかけられた。
一体何事かと思っていたら……なんと、このウォータースライダーには身長制限があったのだ。
そこから先は想像の通り。
なぜかパネルのようなものの前で身長を測ることになって唯は大人しくついていっていたが、明らかにあの顔は不服そうなものだった。
拓也たちは特に問題もなかったため止められるようなこともなく、それが余計に彼女の怒りを増幅させてしまったのだろう。
それにその様子を見ていた真衣の、まるで娘でも見るかのような視線もなかなかに羞恥心を煽ってきたのかもな。
結果としては基準の身長は超えていたので無事に参加できることになったが、その後の方が大変だった。
真衣は戻ってきた唯をまるで子供扱いするかのように頭を撫で始め、それに抵抗する唯という世にも珍しい光景が誕生し、それを見ないふりする拓也と颯哉という混乱を極めた有様になった。
身長が低いことはコンプレックスでもあるのだろうし、そうなるのも理解はできるがな。
「唯ちゃんってば、すごい可愛かったよ! やっぱり唯ちゃんは小っちゃくないとねー!」
「私は大きくなりたいのー! 身長が低くても良いことなんてないし……早く成長したいの!」
「え? 駄目だよ。唯ちゃんが大きくなるなんて許さないよ?」
「何で真顔で言うの!? 怖いよ!」
…ところで、あれは良いのだろうか。
彼女たちなりのコミュニケーションの一環だというのは分かるが……若干真衣が過剰思想に身を乗り出している気がしないでもないんだが。
「おい、彼氏。彼女の暴走を止めてこい」
「…今日は空がきれいだよな」
「現実逃避してんじゃねぇよ……」
無用な争いに自ら身を投じたくはないのだろう。
ああなった真衣は一度落ち着くまで止められないし、唯一のブレーキ役はこの様子。
…ウォータースライダーに乗れるまで、もう少し時間もかかりそうだ。




