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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第一章

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第五話 ご近所づきあい


 秋篠に肩を貸してもらって歩き、徐々に自宅が近づいてきた。その事実は俺の心にわずかな安堵を生み、次第にこの現状のおかしさにも意識が向くようになってきた。

 彼女は自分がやりたいからやっているだけと言っていたが、それでも健全な男子高校生が女子の、しかもかなり小柄な女子に支えられているというのは、絵面的にもどうなのか。

 そう思い、今なお隣で支えてくれている秋篠の表情を見れば、彼女は真剣そのものであり俺の邪推なんて気にも留めない風貌で歩みを進めている。


(…余計なことを考えるのはよそう。それは秋篠の善意を踏みにじるのと変わりない)


 これだけ一生懸命に他者のために動ける者の努力を、第三者が何も考えずに止めていいわけがない。

 それだけははっきりと断言できる。

 今は大人しく傘の件の礼として、この手助けをありがたく受け取っておこう。


「原城君の家ってもうすぐ? 詳しい場所がわからなくて……」

「ここまで来たらすぐそこだ。ちょうど見えてくるはず……あれだな」


 自宅までのルートを把握していない秋篠が申し訳なさそうに告げてくるが、そこまで落ち込むようなことでもない。

 大分近づいてきたことで少しずつマンションの影も見えるようになってきていたし、この曲がり角を曲がってしまえば……もう目と鼻の先だ。

 ようやく見えたマンションを指さして彼女に教えると、何やら動揺したような様子を見せていた。


「えっ? は、原城君ってあそこに住んでたの?」

「そうだけど……何かあったのか?」


 マンションを見た途端に反応をおかしくしているので、あそこに何かあるのかと尋ねれば、かなり躊躇った様子を見せながら答えてくれた。

 そして、予想だにもしていなかった返答の内容に耳を疑うことになる。


「じ、実は……私もあそこのマンションなんだ。住んでるの」

「…はっ?」


 彼女も俺と同じマンションに住んでいた。そんな驚愕的すぎる事実を聞いて口から間抜けな音が漏れてしまう。

 だが、それも当然の反応だろう。

 昨日今日だけでも、秋篠という有名人と妙な接点が生まれたに留まらず、まさかの自宅まで限りなく近いときてしまった。

 最近の俺の運勢はどうなっているんだ……。


「いや、違うんだよ? 途中でも帰り道が似てるなぁーとは思ってたんだけど……。まさかそこまでおんなじだとは思ってなかったから…」

「普通そうだろ…。あぁ、家を知ったかどうこうしようなんて思ってないから、安心してくれ」


 まぁ、いくら彼女と自宅が近所だったとしてもあまり関係のないことではある。確かにいきなりすぎる展開に驚きはしたが、彼女の方だってクラスの男子に私生活を侵食されたくはないだろうし、それは俺の方も同じことだ。

 なので危害を加えるつもりはないとここで断言しておく。こうして意見ははっきりさせておいた方がお互いに安心できるしな。


 そう考えての発言だったのだが……何が面白かったのか、秋篠は俺の言葉を聞いて口角を上げてクスクスと笑っている。


「何で笑うんだよ…そんな面白いところなんて無かっただろ」

「ふふっ、ごめんね。でも、そんなこと言われたの初めてだったから」

「…このくらいは普通の事だろうが」

「そうだね。だけどその普通じゃない人の方が多いってことだよ」


 俺の反論に対してどこか説得力を感じさせる彼女の言葉。確かに考えてみれば、秋篠は百人中百人が美少女だと答えるほどの魅力を持っている。

 俺にとっては他者のプライベートに過干渉されるなんて不快以外の何物でもないが、彼女の周辺にはそのあたりを無視して話題を持ち掛けてくる輩だってありふれたものなんだろう。


「少なくとも、俺はそこまで過度に関わりを持つつもりもないし…お互いに、ご近所以上の付き合いは無理にする必要もないだろ」

「うん。…ありがとね」


 その一言にどんな思いが込められているのかは、俺では理解しきれんかったが…少なからず彼女の意思を尊重できたのならば光栄だ。


「ならせっかくご近所だってわかったんだし、今日くらいはご挨拶としておこうかな。部屋は何階?」

「七階だ。付き合わせて悪い」

「だからそんなこと言わなくていいのに……。ご近所なんだからさ」


 ただの近所に住んでいる関係。それ以上は求めない。

 そんな関係性をよほど気に入ったのか。幾度も連呼してくる彼女を思わず微笑ましく思ってしまうが、今はそんな場合でもない。

 まだ彼女が肩を貸してくれているおかげで立つことはできているし、少し会話をする余裕も生まれてきたが、依然体調は回復しないまま。

 このまま症状を放置していれば治る物も治せなくなってしまうし、急ぐに越したことはない。


 マンションのエントランスへと移動し、エレベーターのある場所まで向かう。エレベーターのボタンを押して待機していれば、そこまで時間を待たずに乗ることができた。

 階数を七階に指定し、浮遊感を感じさせる昇降機の中で現在位置を示すモニターを眺めている。

 三階……四階……五階……と、ゆっくりと目的の位置まで動いていき、とうとう自宅のある七階に到着した。


「じゃあ降りるよ? 動ける?」

「大丈夫だ。よっ…と……」


 扉が開いたのと同時に、二人も足を進めてエレベーターの中から出る。ここまで来てしまえば、家の扉はもう間近になった。

 …本当に、秋篠には感謝してもし足りない。彼女がいなければ、たどり着くまでにどうなっていたか本気で分からなかった。

 今度何らかの形で恩を返した方がいいな。それだけのことをしてくれたのだから。


「おっし…。ここまで来れれば大丈夫だ。秋篠、本当にありがとう」

「手助けになれたなら何よりだよ! …ねぇ、原城君はこれからどうするの?」

「どうするって…。とりあえず病院行かないといけないし、予約してくるくらいだけど」

「でも、近所の病院って今日やってなかった気がするんだけど……」

「……あ。そういえばそうだった」


 ここにきてまさかのうっかりミスだ。普段から病院に通うなんて習慣が無かったため、忘れてしまっていたが病院が休んでいる日のことがすっかり頭から抜けていた。

 今日は金曜。ちょうど金曜と日曜が病院の休みのタイミングだったはずなので、運が悪いと言わざるを得ない。


「まぁそこは何とかするよ。体あっためて寝てれば一晩くらいはしのげるだろうし、飯も……うん、ギリギリ生き延びれると思う」

「なんか今、そこはかとなく不安なこと言わなかった?」

「気のせいだ。とにかく秋篠はここまでで十分すぎるくらい手伝ってくれたし、もう大丈夫だ」

「うー…ん。やっぱりこのまま一人で帰しちゃうのもなぁ……」

「…おい、秋篠? どうしたんだよ」


 家にさえ入ってしまえばあとはどうとでもなる。そう考えたからこそ秋篠には問題ないと伝えたわけだが、何かが彼女の琴線に触れたようでぶつぶつとつぶやき続けている。

 その内容は小声だったため聞き取れなかったが、顎に手を当てて考える姿すら様になっているところを見ていると、美人というのは本当に得だなどと思ってしまう。


「そうだね……よし! 私が看病しようと思うんだけど、いいかな?」

「いやいや! 何でそうなるんだよ!」

「だって原城君が熱引いたのは私に傘を貸したせいで雨に打たれたせいなんでしょ? …昨日は置き傘してるなんて言ってたけど、教室に置いてあった傘なんてなかったことに今日気づいたんだからね!」

「う……。それはそうだとしても、秋篠にはもう十分助けてもらったしこれ以上はいらないって!」

「そういうわけにはいかないよ! 私が原因で病気になっちゃったなら、私が責任を持って治すまで付き合う。もう決めたんだからね! …あ、部屋で見られたくないものがあるなら話は別だけど」

「それはないけど……」


 玄関の前で押し問答を続けるが、一向に彼女が折れる気配はない。

 ただ、いくら俺が病気で弱っているとしても、男の部屋に同級生の女子を上げるというのはどう考えてもアウトだろう。

 間違いなんて起こすつもりはさらさらないが、それも絶対ではないのだ。そのことをちゃんと理解しているのか…?


 しかしいくら説得したところで、秋篠の主張は強くなるばかりだ。そしてその主張も、俺の風邪の原因は自分なのだからという一応の筋が通っているからこそ断りづらくなってしまっている。

 一体どうしたものか……。そう悩んでいる間に痺れを切らした向こうが俺を扉の方向に押しのけていく。


「もう! 私に遠慮なんてしなくていいから、とにかく部屋で休んで!」

「…分かったよ。でも、不快に思ったらすぐに出て行っていいからな?」

「うん。その時はそうさせてもらう。じゃあ鍵を開けてもらってもいい?」


 秋篠に言われて、鞄から自宅の鍵を取り出す。鍵穴に差し込みまわし込んでロックを開錠し、玄関の扉を開けた。

 普段は一人で入っていった空間に、自分だけではない誰かと共に入る。そんなことに不思議な感覚を覚えるが、少なくともそれが悪いものではないことは断言できるのだった。


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