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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第三章

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第百十話 想いを


「それじゃ、準備はできたか? もうそろそろ向かうぞ」

「はーい! 私の方ももう準備はできてるし、いつでも行けるよ!」


 時刻も十七時と三十分を少し過ぎた頃。

 外を見れば次第に暗くなってきた街の光景が広がっており、空は相変わらずどんよりとした様相を見せているが時間も経った今ではそこまで気にならなくなってきたので大した問題でもない。


 幸いにもあれから天候が崩れることもなく問題なく外出できる時間にもなったので、今はこうして二人でリビングにて外に出るための準備をしている最中だった。


「外はかなり寒いみたいだしな……寒さ対策はしっかりしておけよ?」

「それも大丈夫! ほら、これが寒そうに見える?」

「…それなら問題ないな。よく似合ってるし」

「ふふふ。ありがとね!」


 冬本番の十二月ともなるとこの時間帯は相当に冷え込むことが予想される。

 まだ拓也たちがいるのは屋内なのでそこまで寒さを実感していないが、これも外に出れば強烈な寒波が襲ってくることだろう。


 なので防寒対策をしておくように唯に言えば、彼女は身に纏っている白のロングコートやベージュの手袋を見せつけるようにその場で一回転する。

 その際にふわりと舞った栗色の髪が蛍光灯の明かりに反射するかのように輝いており、思わず見惚れてしまったがそれを誤魔化すように服装を褒めれば唯は微笑みながら礼を返してくれた。


「…それにしても、拓也くんの方こそ大丈夫なの? 髪型もいつもと同じだし…」

「あぁこれな。…まぁ今日くらいは良いかなって思ってさ。あんま気にしなくてもいいよ。…それとも、唯は前髪を上げた方が良かったか?」

「そんなことないよ! 拓也くんならどんな髪型でも格好いいもん!」

「そ、そうか。なら良かった」


 唯の言う通り、現在の拓也はこれまでのように彼女と共に外出するというのに特に髪型をいじったりなどはしていなかった。

 今までであれば唯と出かけるとなれば、その光景を知り合いに見られた際に余計な誤解を招かないようにとパッと見では誰か分からないように印象を変えるための工夫を凝らしていた。


 だが、今はそのための髪型のセットなどは一切していない状態だ。

 その理由というのはいくつかあるが……最も大きなものとしては、やはりこの後に待ち構えている告白に対するスタンスを考えてのことになる。


 もちろん、唯に想いを伝える際にも少しでも着飾った方がいいのかという考えも浮かばなかったわけではない。

 自分の人生でも一生に一度あるかないかの重要な分かれ目なのだから、それを良い思い出にしようとするならば見た目を良くしていこうとするのは決して悪い選択肢ではなかった。


 …ただ、これに関しては単に拓也の我儘でしかなかったが彼女へと想いを告げる時には着飾った自分ではなく、ありのままの唯が受け止めてくれた自分の姿で言葉を送りたいと思ったのだ。

 その選択が正しいのか間違っているのかは不明瞭だが、少なくとも拓也は今の自分で勝負をしたいと思った。

 ゆえに、こうして特に手を加えることもなく外出しようとしているのだ。


「っと、そろそろ出た方がいいかもな。それじゃ行こうか」

「うん! …楽しみだなぁ」


 時間を確認すればイルミネーションの開始までは余裕があるが、のんびりしすぎればライトアップの瞬間を見逃してしまうかもしれない。

 別に見逃したところで問題もないのだが……やはりこういったことは照明が照らされ始める瞬間を見てみたいと思うのが自然なものだろう。


 そしてその心理は唯も同様だったようで、拓也の呼びかけに期待感に胸を膨らませるようにしながら玄関へと向かって行った。

 拓也もその後に続くようにリビングを去る……その直前、誰もいなくなった自宅をふと振り返って少しの間見つめていた。


 …次にここに戻ってくる時、自分たちがどのような関係性に変わっているかは分からない。

 それでも、この場所が誰よりも愛しい相手と過ごした空間であることだけは誰にも変えることのできない事実だ。

 その事実は今の拓也に少しばかりの勇気を与えてくれるのには十分だった。


(できることなら……いや、そんなことを考えるのは止めておこう。今の俺にできることなんて一つしかないんだから)


 ネガティブな思考に陥りかけた考えだったが、頭を横に振ることで無理やり振り払い今は目先のことだけに集中するように意識を向けさせる。

 今後のことを考えたところで意味など無い。それをするのは全てが終わってからでいい。


 そうしなければ当たり前にこなせたはずのことも上手くいかなくなってしまい、後に後悔することに繋がってしまうかもしれない。

 それだけは認められない。

 だからこそ、これからのことは不明瞭なままでいい。



 …けれど、そうだとしても。

 一瞬でも『叶うことならばまた唯と共にこの場で同じ時を過ごしたい』と考えてしまったことは、紛れもない拓也自身の本心だったのだろう。





     ◆





「わぁー…! 結構人も集まってるんだね」

「みたいだな。大々的に告知もされてなかったからもう少し人もいないんじゃないかと思ってたんだけどそうでもなかったのか」


 自宅を出てから十分ほど歩いた場所に目的としていたクリスマスツリーは設置されており、これまた予想外のことではあったが意外にも拓也たち以外に人が集まってきているようだった。

 サッと見渡した感じではそこに知り合いはいないように見えたので拓也と唯の外出風景を目撃される不安はなくなったが、それでもこの人の波はその事実を加味しても驚かされた。


 …にしても本当に人が多いな。

 ツリーの周囲には入り込む余地もない……というほどではないが、想定していたよりも遥かに多くの人数がいることが見て取れる。

 颯哉から聞いた話では宣伝もそこまでされていないという話だったが、この様子を見た感じだとどこかで情報が拡散されていたのか?


「あっ、拓也くんあれ見て! ほら、『イブにクリスマスツリーのイルミネーション公開!』って書いてあるよ」

「…本当だ。こんなところで宣伝されてたのか。そりゃ人も集まるよな」


 唯が指さした先にあったのはここら一帯の行事やイベントの開催を知らせる役割を果たしている掲示板に貼られていたチラシの一枚。

 そこには今まさに始まらんとしているイベントの詳細に関する事項が載せられており、ここに集まってきている人だかりはこれを見て来たのだろうということが分かった。


 …こんなものがあったとは露も知らなかったが、そういうことならば納得だ。

 できればもう少し静かな場所の方が良かったなんていう少々我儘な願望も浮かんできてしまったが、それは言ったところでどうしようもない。


 それと見渡した印象としてではあるが、なんとなく家族連れで来ているというよりもカップルで訪れている人の割合が若干高いような気もする。

 クリスマスというイベントの性質を考えれば当然なのかもしれないが、今からすることを思うとその光景を見るだけで緊張感が高まってきてしまいそうだった。


「…それにしてもカップルで来てる人が多いね。ちょっと気を抜いたらはぐれちゃいそう…」

「さすがにこれくらいなら大丈夫だと思うけどな……なんだったら服を掴んでてもいいぞ?」

「本当? じゃあ遠慮なくそうさせてもらうね!」


 どうやら唯の方もこの景色を前にして拓也と同じ感想を抱いたようで、ぽつりと漏らされた一言にはどこか羨望の感情が含まれているような気がした。

 そこにどんな想いが込められていたのかは今の拓也では読み取ることはできない。


 けれどすぐにそんな感情も薄れるように感じ取れなくなり、唯はこの人混みの中で拓也と離れることが無いようにと服の裾を指先で小さくつまんできた。

 もう少ししっかりと掴んでもらっても良かったのだが、こうした場面でも控えめな彼女の挙動には思わず笑みも浮かんでくる。


 …と、そんなことを考えていたところで唯の方からふとあることを思いついたような素振りを見せながら呼びかけられる。


「…ねえねえ。ここにいる人って恋人が多そうに見えるけど、やっぱり私たちも周りから見たらそういう風に見えたりするのかな?」

「…っ! …どうだろうな。まぁ男女が二人でいるんだしそう見えるんじゃないか?」


 …驚いた。

 まさかの唯の方から恋人というワードが出てきたことで、この後のことを見透かされているのではないかと思ってしまった。


 しかし当の唯はそんな拓也の内心に構うことなく純粋な好奇心から聞いてきているようだし、そんな深い意図もないようだから単純に気になっただけなのだろう。

 だったら拓也の方も動揺を見せてばかりでは不審に思われるだろうと考え、できるだけ平静に努めながら返答すれば彼女はとても嬉しそうに微笑んでいた。



 ──そして、唯が次にこぼした一言もまた想定などしていないものだった。


「そっか! …それじゃあ拓也くんは、私とそういう関係になってみたいと思う?」

「……え? それは……」


 片目を閉じながらこちらを揶揄うように、されどその奥に真剣な雰囲気を感じさせてくる言葉。

 そう言ってくる唯の表情ははにかみながら、そして頬に熱が集まるかのように灯った桃色は拓也の視線を引き離すこともできなくなるようにするには十分すぎるもので……その質問の意図を汲み取るまでに時間を要してしまった。


 だが、唯の方はそんな彼の困惑を気にすることもなく言葉を続けてくる。


「…ふふっ。私はね、拓也くんとなら……なってもいいなって思ってるよ?」

「っ! そ、それって……」

「あ、ほら! もう少しでツリーのイルミネーション始まりそうだよ!」


 まるで己の羞恥を隠すかのように拓也の言葉を遮り、眼前のイベントへと注意を促す唯。

 それで彼女が言いたいことは終わったのか、それまでの言動など無かったかのごとき様子で会話を途切れさせてきたが……その程度では拓也の混乱を収めることはできない。


 今の発言。唯が発した拓也と関係性を進めてもいいという言葉。

 なぜこのタイミングでそんなことを言っていたのかは分からないし、その意図だって曖昧だ。


 …けれどたった一つ。彼女が少なくない勇気を出してくれたことだけは、はっきりと伝わってきた。


(…唯が俺のことをどう思っているのかなんて分かるはずもない。それが分かれば苦労はしない。…だけど、もし俺のことを好意的に思ってくれてるなら…今の言葉に対しては俺も本心を伝えるべきだ)


 唯は一歩を踏み出した。これまでの関係性で満足することなく、次のステージへと歩み寄っていくために拓也に近づこうとしてくれている。

 …最初のキッカケを彼女に任せてしまったことは申し訳ない。拓也がもう少し早く勇気を出せていれば、そんなことをさせる必要もなかった。


 なればこそ、この先は自分もはっきりと言葉にしよう。


「…なあ、唯」

「……なぁに? 拓也くん」

「いきなりかもしれないけど……伝えたいことがあるんだ」


 もう離さないように、離されないように。

 かつての弱いままだった自分ではいたくない。そんな姿で彼女の隣に立てるとは思えない。


 …だからこそ、かつて臆病者だった過去からは卒業するとしよう。


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