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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第三章

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第百九話 変化をもたらす日


 ───そして月日は流れ、いよいよ正念場とも言えるクリスマスイブはやってきてしまった。


 …いや、やってきてしまったという表現はおかしいな。

 ついにこの日が来てくれた、というべきだろう。


 今日の日付を確認してみればそこには十二月の二十四日と示されており、世間ではクリスマスイブとも称される聖なる一日。

 それに何より、拓也と唯の関係性に否が応でも変化が訪れる分岐点となるであろう日でもある。


 唯への想いを伝える。

 そう決めた日からとてつもなく長く感じられた日々でもあったが、こうして振り返って見るとあっという間に過ぎ去っていったようにも感じられるのだから不思議なものだ。


 …もうここまで来た以上、引き返すことも怯えて立ち止まることも許されない。

 そんなことをするつもりは一切ないが、いざ本番ともなれば自分でもどんな展開になるかなど分からないのだ。


 今から心持ちは作っておいて損はない……そう思っていたのだが。


「…天気、ちょっと微妙だね」

「そうだな……雨は降らないらしいからイルミネーションは問題ないと思うけど、それでもどうせなら晴れてほしかったし」


 自宅へとやってきていた唯と共に窓の外を眺めてみれば、そこには曇天模様とでも表現すべき光景が広がっている。

 普段は青空に満ちているはずの空も今日という日に限ってはその表情を曇りに染めており、せっかくの記念すべき日になるかもしれないというのに出鼻を挫かれた気分にならざるを得なかった。


 一応天気予報も確認はしてみたが雨が降るほどではないらしいので、そこだけは一安心と言うべきだろう。

 これで豪雨にでもなって肝心のイルミネーション自体が中止になっていれば、それこそ目も当てられないことになるところだった。


「…まっ、気分を切り替えていくしかないな。時間が経てば晴れてくれるかもしれないし、時間まではまだ余裕もあるからゆっくり待ってみよう」

「うん……そうだね! 落ち込んでばかりもいられないし、元気出して夜ご飯の準備しちゃうよ!」


 自分に言い聞かせるようにしながら声に出して沈んでしまったテンションを取り戻そうと意識を切り替えれば、それを聞いていた唯も拳を握ってやる気を漲らせていた。

 そう言うと唯は今日の豪勢な夕食の準備のためにキッチンへと向かって行き、窓の傍には拓也一人だけが取り残される。


(…天気はそれほど大事じゃないとはいえ、やっぱり曇ってるよりは晴れてた方が良かったけど……まぁそれを言ってても仕方がない。唯にも言った通り切り替えるしかないな)


 いくら文句を言ったところで天候が急変するわけでもないし、状況が好転するわけでもない。

 ならばこの現状を飲み込んだうえで最善を尽くした方が賢明だと考え、わずかに落ち込んでしまっていた気分を無理やり払っておく。


 どちらにせよ、チャンスは今日しかないのだ。

 だったら今はそのことだけを見据えていた方がいい。




「…唯って本当に楽しそうに料理するよな。前から思ってたけどさ」

「えー、そうかな? 確かに料理が趣味だってことは否定しないけどね」


 約束のイルミネーションを見に行く時間まではまだ時間に余裕があるので、それまでは唯も夕食の下準備に専念するようでキッチンで作業を続けている。

 拓也としても本番の時までは特にすることもないので、せっかくの機会だと思ってその一連の様子を見つめていた。


 もはや馴染み深い光景となったキッチンに唯が立っている光景を椅子に腰かけながら眺めていた拓也だったが、鍋を煮詰める音を響かせながら忙しなく手を動かしている彼女の姿を見ていると素直な感想が浮かんできた。

 実際、これまでにも幾度となく彼女が料理を作ってくれる景色を見てきたがその中で唯が料理を面倒くさがるような素振りは見たことが無い。


 普通なら手間も時間もかかる工程を何度もこなさなければならない料理など、できることならしたくないと思ってもおかしくはなさそうだが……彼女に限ってはそんな様子を一切感じさせないのだ。


 見慣れているがゆえに今までは疑問にも思わなかったが、こうして冷静に考えてみると不思議なものだ。

 なぜそこまで楽しそうに取り組めるのか……そんな疑問を口にすれば、唯は軽く微笑みながら返答をしてくれた。


「あとはそうだなぁ……やっぱり食べてくれる人のことを考えてるからかな? 拓也くんっていつも美味しそうに食べてくれるから、作ってる方としてもやりがいがあるんだよね」

「そりゃ唯の料理はいつも美味いからな。そこに嘘なんてつけないし」


 唯の手料理を食べさせてもらえるという感謝してもしきれない状況ではあるが、やはり彼女の料理はいくら食べても飽きないと思わせられるくらいには美味だと断言できる。

 それは彼女の調理の仕方が拓也の好みに完璧に合致しているということも大きいが、何よりも唯が作ってくれているという事実が一番だと思っている。


 好きな相手が自分のために用意してくれたものなのだから、それに対して否定的な意見など出てくるわけもないのだ。

 だからこそ毎食の度に正直な感想を口にしているだけなのだが……どうやらそれこそが唯にとっては何よりの報酬であったようだ。


「そういう何気ないものが一番嬉しいんだよね。それに…いや、やっぱり何でもないよ!」

「ん? なんだよ、そこまで言われたら気になるって」

「ひみつ! …まだ拓也くんには教えてあげないもんね!」

「なんだそりゃ……まぁ無理に聞き出そうとは思ってないから良いけどさ」


 どうしてか唐突に言葉を打ち切った唯の態度に思うところはあったが、それを追及したところでのらりくらりとやり過ごされることは分かり切っている。


 両者の間に離れていた距離のため、彼女の頬に差したほんのわずかな赤らみには気が付くこともなく。





     ◆





 拓也と軽い会話を交わしながら調理を進めていた唯ではあったが、今はその最中に言いかけた言葉を自分で思い返して表面上は平静を取り繕いながら内心ではうるさいくらいに高鳴っている心臓の音が自らの耳にも届くのではないかと思えるほどに響いていた。


(あ、危なかった…! 思わず考えたことそのまま口にしちゃうところだったよ…)


 現在は煮詰めている鍋の様子を見守る振りをして何てこともないように振舞っているが、唯の思考はそんなところには集中していなかった。

 あの時言いかけた言葉。それを危うく漏らしてしまいそうになったことに彼女の心情は焦りを抑えられなかった。


(…いくら何でもこれを言うのはまだちょっと恥ずかしいし……とっさに誤魔化しちゃったけど、仕方ないよね)


 彼女が漏らしかけた一言。その内容はひどく単純なものであり、とてもシンプルなもの。

 とどのつまり、『好きな人に作ってあげること』という文言だった。


 これを口にすることは唯から拓也への告白をするに等しく、彼女の想いを自白することと同義だ。

 別にそれによって何か不利益を被るわけでもなく、それどころかプラスにすらなり得るので彼女としてはここで言ってしまっても良かったのだが……それを押しとどめたのは過去に固めた決意ゆえ。


 唯の方とて拓也と恋人になるということに憧れがないわけではないし、むしろできることなら今すぐにでもそうしたいとさえ思っている。

 それをしないのはひとえに、拓也が過去のトラウマに縛られることがなくなる時まで待つという誓いを立てたからだ。


(…でもなぁ。今みたいにぽろっと漏らしそうになったら本末転倒だし、その時まで待てるのかな、私?)


 …しかし、その誓いもいつまで有効かどうかは唯本人にさえ定かではない。

 自分では律せているとは思っていても、先のように無意識の内に彼への好意を明かしてしまいそうになることは容易に予想できることだ。


 拓也がそれよりも早く唯に惚れ込んでくれるかということは……正直曖昧なところだった。


(…まぁでも、今日くらいは全力で楽しまないとね。何といっても拓也くんと二人きりでイルミネーションを見に行くんだから!)


 そんな近い未来への不安もあるが、今だけはその内心も覆い隠して目の前の楽しみに目を向けても許されるだろう。

 時間にしてみれば駅前のクリスマスツリーを見に行くだけなのでそう大した外出にもならないだろうが、唯からすればそんなことは些事でしかない。


 想い人と共に過ごせる時間。

 それだけで彼女の気持ちは幸福で満たされたものになるし、このデートを楽しもうという意気込みも心の奥深くから湧き上がってくるようで思わず笑みがこぼれてくるのだった。



 …そんな二人の関係性が変わるまで、あと数時間。


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