第百七話 心持ちのカウントダウン
真衣にこれから唯へと想いを伝えるということを明かした後、それからは特にこれといって伝えることもなかったので教室へと戻っていった。
唯には何を話していたのかと質問を振られてしまったが、内容が内容なだけに正直に答えるわけにもいかず返答をあやふやにしたまま話を途切れさせてもらった。
…だが、そのやり取りだけで颯哉は会話の内容をなんとなく察したようで、真衣と何やらコソコソと話し合っていたがあの場に混ざればろくでもない展開になりそうだと本能が訴えていたのであえて無視しておいた。
ああいった話し合いをしている場合、大抵は拓也にとって想像だにしていないことを画策していることがほとんどなので触れないことが一番だ。
今回に限ってはそんなことを企んではいないと思いたいが……そうした油断の結果、痛い目に遭ってきた過去は忘れていないのでスルーしておく。
まぁそれはともかく、その日はそれで別れることになり自宅へと各々帰宅していき、何事もなく突発的な勉強会も終わった。
そしてそれからも日月は経過していき、数日が経った頃───
「ぃよっし! 何とか赤点は回避できたぞ!」
「…相変わらず目標が赤点と補習回避なことから変わらないお前のことを嘆くべきか、一応は結果を出してることを喜ぶべきか反応に困る」
拓也と颯哉の二人は自席でそれぞれに返却されたテスト用紙を見比べながら異なった反応を見せており、なぜか己の結果に歓喜する颯哉とそれに呆れる拓也というある意味見慣れた光景が広がっていた。
今日は数日に渡って実施されていた定期テストの結果返却がされる日であり、周りを見ればクラスメイトもこちらと同様に自分たちとも似たリアクションをしているのが確認できる。
…その中でも颯哉の反応が一際大きいところは、正直勘弁してほしいところではあるが。
実際に今も周囲から視線が集まりまくっているし、唯と一緒に過ごしている時ほどではないにせよ衆目の元に晒されるのはいい気分ではない。
「…まぁそれはいいか。結果はどうあれ目標は達成してるし」
「おうよ! これで冬休みも思う存分遊びまくれるな!」
「少しは休みの間も勉強しろ。…はぁ、言っても無駄か」
これでも颯哉とはそれなりの付き合いだが、この状態のこいつに勉強をするように言ったところで聞き流されるのがオチなのは目に見えている。
現に今もこれから始まる冬休みへの期待から拓也の話など耳に入ってないようだし、少しは頭の片隅にでも留められるだろうかなんて淡い予想もあっさりと消えていった。
…本当に、この能天気さだけでも何とかならないものだろうか。
と、そんなことを考えながらジト目になりながら盛り上がっている颯哉に目を向けていればそこに近づいてくる者が一人。
「やっ。何だか随分と舞阪が随分と盛り上がってるみたいだけど、よほどテストの結果が良かったの?」
「…池上か。細かいことは本人から聞いてくれ」
「よう朝陽! 聞いてくれよ。何と今回のテストの結果、赤点回避を成し遂げたんだ!」
「あー……それは良かったね」
「……無理にオブラートに包もうとしなくてもいいぞ。遠慮なくこいつを叩いてやってくれ」
颯哉から己の成績を意気揚々と公表された朝陽はというと、その結果に対してものすごく何かを言いたげではあったが空気を読んで無難にやり過ごすことを選択したらしい。
…その気持ちも分からないでもないが、こういう場合に限ってはもう少し危機感を煽るようなことを言ってほしかった。
だが、いくらこの話題を続けたところで不毛な議論に陥るだけなことは分かり切っているので、それを繰り返すような真似はしない。
まだ横で得意げになっている颯哉は一時放っておくとして、ここまでやってきた朝陽と軽い雑談を交わす。
「こいつは置いておくとして、池上は今回のテストどうだったんだ? 勝手なイメージだと勉強できそうな印象があるけど」
「そこまで持ち上げられるほどのものでもないけどね。多分学年順位も三十位以内には入るくらい……かな?」
「…それ、十分凄くないか?」
「そうかな? あまり深く考えたことはないからそうも思わないけど、原城がそう言うならそうなのかな」
朝陽はまるで何てこともないようにサラッと口にしたが、実際とんでもないことだと思う。
拓也たちが通っている高校はこの近辺で見てもそれなりに優れた成績を持つ生徒が通っていることがほとんどだし、それに伴ってレベルも高いものとなっている。
そんな中で明らかに上位だと言い切れる順位に食い込めているのは……まさに優秀だと言えるラインに余裕で到達しているだろう。
最近では拓也も唯との勉強によって成績を伸ばしてきてはいるがさすがにそこまでの高みにはまだ手をかけられていないので、なおさらに尊敬できるものだった。
それとこれは全く関係ない話だが、拓也が時折勉強を教わっている相手でもある唯に聞いたところによると彼女は定期テストにおける順位で毎回十位以内にはランクインしているらしい。
…初めて聞いた時にはそれはそれは驚いたものだが、それと同時に改めて唯の努力の成果というものを思い知った気分だった。
「でも原城だって最近は成績上がってるらしいし、僕が追い越されるのも時間の問題なんじゃない?」
「それは……どうだろうな。もちろん努力は続けるつもりだけど」
朝陽から言われて自らの成績というものを思い返してみるが、確かに拓也の学力は以前と比較すれば目に見えて向上している。
それこそ順位にして表せば、おおよそ五十位程度には入れるであろうというくらいには育ってきているが……どうしても唯と比べると見劣りしてしまう。
今後の目標として唯の隣に並び立てるくらいにはなりたいと思っている拓也としては現状の成績ではまだまだ彼女に追いつけていないので、これからも努力を重ねていこうとは考えている。
…それが成されるまでにどれだけの時間が必要かどうかは分からないが、彼女と共にいても恥ずかしくないくらいの人間になろうとするならばその程度の努力は必須事項だ。
「俺もまだやるべきことは多いからな。それを片付けてからじゃないとこれからのことも上手くいかないだろうし」
「…こうやって話してみると分かるけど、原城って結構ストイックだよね。原動力になってることを思うと納得もできるけどさ」
「…まあな」
正面から己の努力を友から認めてもらえたことは嬉しく思うが、それと同じくらいに気恥ずかしさも湧きあがってきて何だか気まずい気分になってくる。
朝陽としてはそんなつもりもないのだろうが、こうも真摯に受け止めてもらえるというのもまた新鮮な気分だった。
「…にしても、もう冬休みに入るのかぁ……ここまであっという間だったし、原城にとっては何より大切なことが待ってるもんね?」
「そうだな。…気張りすぎないように意識はしてるけど、やっぱりふとした時にそのことが頭をよぎるから緊張もするよ」
「おっ、何だなんだ? 拓也について話してんなら俺も混ぜてくれよ」
朝陽と二人で談笑を繰り広げていれば、そこに割り込んでくるようにそれまで一人の世界観に浸っていた颯哉も会話に混ざり込んできたので一層と場の雰囲気も熱いものになってきた。
…颯哉のやつ、今まで前の席で自分の点数に浸っていたはずなのでいつの間に復活していたんだ。
「別に大したことでもねぇよ。…ただ、クリスマスのあのことに関する話題ってだけだ」
「あー、理解したわ。…まっ、あんま根詰めすぎるなよ? それに安心しろ! もし駄目だったとしても俺らが全力で慰めてやるよ! …そんなことないとは思うけどな」
「だね。二人の感じを見てれば問題なんてないとは思うし。緊張しない……のは無理にしても、ほどほどに頑張ってきなよ」
「あぁ、さんきゅ」
友人からの応援を受け取れば、それまで胸の内になんとなくあった緊張感も程よく緩和されていくようだった。
…ここまで背中を押してくれているんだ。
彼らの期待に応えるため、というわけではないが、この山場を越えるためにも今の自分にできる全力でその言葉に堪えられるように心持ちを作っておくとしよう。




