第百一話 帰省の持ち掛け
唯に想いを伝える予定が一歩前進し、その後は盛り上がりをさらに加速させていった颯哉が片時もマイクを離さないと言わんばかりに熱唱していったので、あっという間に時間は過ぎていった。
…いやほんと、俺と池上はほとんど裏方に徹していたのに、それで数時間も歌い続けられるあいつのテンションには感服だ。
颯哉の遊びにかける情熱と底なしの体力は十分に思い知っているはずだったが、この分ではまだまだ理解が浅かったのかもしれない。
まぁそれは今はどうでもいいか。
なんにせよ、本題が一段落した拓也たちは飽きるまでカラオケを満喫し、気が付いた時にはいい時間だということで各々帰宅することになった。
今回の一件で彼らには大きな恩ができてしまったので、これから少しずつ返していくとしよう。
「…あと一か月ちょっとか。時間もそんなにないよな」
一人で帰り道を歩きながらつぶやくのは、他でもない唯への告白の件だ。
颯哉たちにも話した通り、俺はクリスマスイブの二十四日に彼女へ想いを告げる。
ようやっと定まった日程に今から緊張が体を覆って来そうになるが、まだ猶予は少しあるのだから、それまではいつも通り過ごしていればいい。
そう思って心を落ち着けながら、これからのことに思いを馳せる。
…来月、この告白が成功しなかったら、なんて意味のない思考が脳裏に浮かび上がってくる。
それに恐怖を感じないと言ったら嘘になってしまうし、今もなお拓也の内心は不安で染まっていきそうだった。
だけど、自分はそれを承知の上で前に進むと決めたのだ。
もうこの関係に甘んじないために、唯の隣へと立つために。
今以上の関係になりたいと思ったからこそ、この足を進める以外の選択肢はなくなった。
それを思えば、余計に怯えている暇なんて無いんだ。
それからも黙々と歩いていけば、そこまで時間をかけずに家に帰ってこれた。
なんだか随分長いこと離れていたような気さえしてくるが、実際は数時間程度のものなので、そう思ってしまうのはここまでの流れが濃密なものだったからだろう。
「…悪い、遅くなった」
「あ、おかえりなさい! 今日はゆっくりだったね!」
「颯哉たちとカラオケに行っててな。もう夕飯の準備してたんだろ? 任せっきりにしちゃってごめん」
「いいよ。拓也くんだって友達とお出かけしたいことくらいあるもんね!」
部屋に入った拓也を出迎えたのは、キッチンでエプロンを身にまといながら夕食の調理をしていた唯だった。
時間からしてとっくに一人で食べているものだと思っていたが、どうやら拓也が返ってくる時間を見計らって待っていたらしい。
そんないじらしさに心がほっこりとしてくるが、自分の都合に彼女を振り回してしまったようで少し申し訳なくもなってくる。
「それでも待っててくれたんだろ? 先に食べてても良かったのに」
「…一人で食べても寂しいだけだもん。せっかくなら拓也くんと一緒に食べたかったの!」
「そ、そっか。…なら飯をお願いしてもいいか?」
「もう少しでできるから、それまでは待っててね。すぐに完成させちゃうから!」
唯のあまりにも可愛らしい宣言に一瞬意識を持っていかれそうになったが、すんでのところで理性を持ちこたえさせた。
…危なかった。
不意に放たれた彼女の一言に、思わず頭を撫でてしまいたくなってしまったのはさすがに不審すぎる。
唯なら何だかんだで受け入れてくれそうではあるが、他人から見ればどう見ても過剰すぎるスキンシップであることは間違いないので、それはアウトだろう。
いやまぁ、既に一回彼女を撫でたことはあるので今更かもしれないが、それでも守るべき節度というのは軽視していいものではないだろう。
こんなにも唯の言動一つ一つに心を乱されておいて、告白なんてできるのかとも思わなくもないが、それは気合いで乗り越えるしかないな。
ともかく、今の彼女は夕食を作ってくれているのだから、それを大人しく待っておこう。
唯が作ってくれた夕食も食べ終わり、食事後の一休みでくつろいでいる二人。
拓也も自分でも自覚しない間に精神的な疲労が蓄積していたらしく、こうしてのんびりしているとその疲れも抜けていくようだった。
そんなまったりとした時間を過ごしていると、唐突に拓也の携帯が鳴らされる。
夜も更けてきたこの時間に連絡が来ることは滅多にないので、少し違和感を感じながらも覗き込むと……どうやら、美穂子からのメッセージだったようだ。
(母さん? 何でまた……)
自身の母親でもある相手からの連絡。それ自体は何ら構わないことだ。
ただ、拓也には美穂子との間に予定していたことはなく、何か用事があった覚えもない。
なのでこのタイミングで連絡が来たことに少し疑問もあったのだが……その内容を見て全てを理解した。
「あぁ……なるほど」
送られてきた内容というのは、年明けに拓也が実家に帰ってくるのかどうかを問うものだった。
考えてみればもうまもなく冬休みが始まる時期だし、それに伴って帰省するベストタイミングでもある。
それ以外のイベントが目白押しだったこともあって少し忘れかけてはいたが、前々から言われていたことでもあったし、帰省することに異論はない。
…ただなぁ。それはいいんだけど、それ以外のことが問題なんだよ。
美穂子から送信されてきたメッセージの前半部分には、さして変わりもない近況を聞いてくる文面に加えて帰省どうこうの内容がある。
…そして肝心の後半部分には、『唯ちゃんは来るのかしら? もし来るなら歓迎するわよ!』という趣旨の文章が長文でつづられている。
今のも大まかな内容を要約して述べただけなので、実際は長々と問いただされているのだが……全てを語っていると時間が足りなくなるので、要点だけわかっていれば十分だ。
それと、前半部分よりも後半の方が熱量がこもっていそうなことは、見ないふりをしておこう。
しかし……唯を連れて行けるかと言われれば、即答は難しい。
以前までの状況であったならいざ知らず、今となっては彼女を取り巻く環境も変化してきている。
それこそ、唯は既に母親である沙織との和解を果たし、元の仲の良い親子関係に戻っているのだ。
それを考えれば、年始という時間は家族で過ごしたい思いだってあるだろうし、それを無視して連れ出すというのはあまりよろしいことではないだろう。
もちろん拓也の心情的には一緒に来てくれたら嬉しいことは間違いないが、それよりも優先すべきは唯の気持ちであることも確かなのだから。
まぁここまで色々と述べてきたが、結局は張本人に聞いてみなければ何も始まらない。
可能性は薄いとは思うがゼロではないし、そこまで期待しないようにして聞いてみよう。
「なあ唯。今母さんから連絡が来たんだが……」
「美穂子さんから? また急にどうしたの?」
拓也の呼びかけにくるっと顔を向けて、唯が不思議そうに首を傾げている。
母さんが今から送ってくるメッセージに心当たりなんて無いだろうし、その内情も分かるけどな。
「実は年明けに向こうに帰るのかどうかを聞かれてさ、そこに唯も一緒に来ないかって話なんだけど……どうだ?」
「あっ、前にお誘いされたことかな? …うーん、どうだろう。ちょっとお母さんに行ってもいいか聞かないと分からないかな」
「まぁそうだよな。こっちも急いでるわけじゃないから、駄目だったら駄目でいいからさ」
唯は夏休み中に美穂子が訪ねてきた時に受けた誘いを覚えていたようで、それに関連した話だと思い出したのだろう。
しかし、その返答はいまいちのものだった。
彼女の立場から考えれば他所の家にお邪魔するには相応の準備がいるし、何よりも家族との時間を空けてしまうことになる。
それを考慮すればこの反応は当然のものだし、あらかじめ想定していた通りのことだ。
一応唯も母に確認してみると言ってくれていたが、あまり期待はせずに待っていた方がいいだろう。
なんにせよ、この件は彼女のリアクション待ちになりそうだ。




