第百話 プラン立案
「それじゃあ一通りの説明も終わったところで、そろそろ拓也の悩みを聞こうか」
朝陽に拓也たちが抱えていた秘密を明かし、少し状況が落ち着いてきた辺りで颯哉が場を仕切り直してくる。
本来ここに集まった目的としては自分の悩みの相談に乗ってもらうはずだったので、どこか一段落ついたように思えてしまうが、それを忘れてしまえば本末転倒もいいところだった。
なので、ここにきて空気を入れ替えてくれた颯哉の発言はありがたかった。
「そうだな。事情を聞いたばっかりの池上には申し訳ないけど、次の話に進ませてくれ」
「了解だよ。…これ以上の話が来るのかと思うとちょっと身構えちゃうけどね」
「俺もまだ内容聞いてないからな……まぁなんとなく内容は察せられるけど、言ってみてくれ」
そう言うと颯哉たちは、拓也に向き直って話を聞く態勢に入る。
その真剣な雰囲気に少し気後れしそうになるが、ここに彼らを呼び寄せたのは他ならぬ自分なので、四の五の言わずにさっさと切り出すとしよう。
「話したかったことなんだけど、今度唯に告白しようと思ってるんだ。だけどそれをいつ切り出そうかっていうところで迷っててな……俺だけじゃ良いアイデアも出そうになかったから、少しアドバイスが欲しいんだ」
前置きをごちゃごちゃと話していても仕方ないので、スパッと本題を切り込んでいく。
自分でも思っていたよりあっさりと口にすることができたのは少々意外だったが、それを聞かされた二人の反応はというと……一瞬固まった後で颯哉は歓喜の感情を、朝陽は先ほどまでの驚愕にさらに上乗せで驚くといった異なるリアクションを見せてくれた。
「そうか、やっとか! そういうことなら俺に任せておけ!」
「…その言葉は嬉しいけど、颯哉の場合悪ノリしてきそうだからほどほどで頼む」
「ひどい!?」
頼もしい言葉を投げかけてくれるのはとても心強いが、こいつに全てを任せきりにしたらとんでもないことになるのは目に見えているので、程よいアドバイスに留めておくように心がけておこう。
そもそも拓也はアドバイスこそ二人に求めたが、全部を丸投げにしようとは思っていないのだ。
何か良いアイデアが出てきたらそれを参考にさせてもらうことはあるかもしれないが、あくまでもこれは拓也が自分で決めなければならないことだ。
それは念頭に置いておくべきことでもある。
…ともかく、拓也の告白発言に盛り上がりを見せている颯哉は一時放っておくとして、この場にいるもう一人の友人である朝陽に向き合う。
「…なんというか、原城って予想以上にストレートな言い方もするんだね。聞いてるこっちが戸惑ってきちゃいそうだよ」
「そこで誤魔化しても意味なんてないからな。…きっかけがあったのはつい最近だけど、俺は唯のことが好きだし、もう誰にも渡したくないって思った。だからこの想いを伝えようって決めたんだ」
「…そっか。なら、僕も微力ながら協力させてもらうよ」
この決断を下したキーポイントになったのは、間違いなくこの前の体育祭だ。
あの時、唯が他の男子生徒に告白される場面に偶然居合わせたことで、拓也の意識は変わったと言ってもいい。
こうして自分がぐずぐずと立ち尽くしている間にも、彼女は他の誰かのものになってしまうかもしれない。
以前までの自分ならそれも仕方のないことだと許容していたのかもしれないが、もうそんな妥協はしたくない。
彼女の隣に立ちたいと、幸せにしてやるのは自分でありたいという思いが膨れ上がったからこそ、一歩を踏み出す覚悟をしたのだ。
「でもよ、そこまで決めたなら俺たちが手伝うまでもなくないか? そんな迷わずに押していけば大丈夫だろ!」
「舞阪……そういうことじゃないと思うよ。多分、原城はやるからには全力で準備を整えたいとか、そんなことを考えてるんじゃないの」
朝陽が言ってくれた通りだ。
告白をすると決意をしたは良いものの、それを適当に済ませるのは自分の性格からしてもあまり望むところではない。
結果が成功しようと失敗しようとも、その責任を「途中で手を抜いてしまったから」なんてところに求めたくはなかった。
「でもそういうことなら、舞阪って確か小倉さんと付き合ってるんだよね? だったらその時の告白の仕方とかを参考にするっていうのはどうかな?」
「あー……案としては悪くはないけど、こいつに限ってはあんま参考にならないんだよな」
「失礼な。俺たちほど参考になるものもないだろ!」
提案されたのは、一つの例としては悪くはないものだった。
実際に告白を経験している颯哉の実体験というのは単に頭の中で考え続けるだけよりも説得力もあるだろうし、その分頼りになることだってあるだろう。
…しかし、既に本人から二人が付き合うまでの経緯を聞かされている身としては、あまりあてにできないものでもあった。
「颯哉と真衣が付き合ったきっかけはこいつからの告白だったらしいんだが……肝心の内容が、とにかく押せば何とかなるとかいう力技でしかないんだよ」
「…それ、ほんと?」
「…詳しいことは颯哉から確かめてくれ」
拓也も、初めて聞いた時には耳を疑った。
彼らが初めて出会った時は中学時代の時だったようだが、そのタイミングで真衣を見かけた機会があった颯哉が彼女に一目惚れをしたらしい。
それからというもの、真衣に対して熱烈なアプローチを重ね続け、最初の方こそ真衣の反応も芳しくなかったようだが、最終的には彼女の方が折れて付き合うに至ったと聞いている。
その告白のシチュエーションも衆目の中で堂々と行ったというのだから、こいつの考え無しに呆れたのは記憶に新しいものだ。
…それでも、最後には真衣も颯哉に惚れ込むほどになったというのだから、一概に否定はできないけどさ。
「いやー懐かしいな。あの時の俺も若かったもんだ」
「何感慨に耽ってんだ。というか、今でも全然変わってないだろ、お前」
己の過去を懐かしむようにしみじみとつぶやく颯哉だったが、生来の猪突猛進さは絶賛発動中なので懐かしくも何でもない。
それよりも、早く自身の計画性のなさを改善してほしいくらいのものだった。
「それじゃ参考になりそうもないね……全部ごり押しなのは舞阪らしいとも言えるけど」
「…朝陽も俺のこと貶してないか?」
「気のせいだろ。…ともかく、俺としちゃ颯哉の真似事はできないから、参考にもできないな」
「うーん……そうだね。僕も良い考えが出るかは分からないけど、とにかく考えてみるよ」
「そうしてくれると助かる」
その後は、ああでもないこうでもないと三人でアイデアを出し合いながら議論を続ける。
いくつか拓也自身で考えていたプランもあったが、それらも二人の視点から見れば穴があったようで指摘を受けた。
やはり、こうして友人と話し合っていると今まで一人で悩み続けていたのが嘘のように話が進んでいく。
自分一人の力ではどうしても視野は狭まり、取れる選択肢も無意識に限定してしまっていたが、それを第三者から教えられれば目から鱗が落ちる思いだった。
そしてそのまま十分と少しが経ち、議論がほんのわずかに落ち着いたところで三人はそれまで語り合っていた口をつぐむ。
…だが、それは案がまとまったからというわけではなく、それどころか真逆の状況だった。
「固まらないね……」
「どれも良いものだとは思うんだけどな……やっぱりどこかしらに見落としてるところもあるから、なおさら難しいし」
数分前と比較すると少し疲労したように肩を落としている朝陽。
そうなるほどに頼ってしまっていることに心が少し痛むが、まだ何一つとしてこれといったことも決まっていないことも事実だった。
彼らが挙げてくれているものも良案であることに違いはないが、今一つ決め手に欠けるというか、言い方は悪いが大きく惹かれるものが見つけられなかったというのも現状を作っている要因の一つだろう。
それでも、いつまでもこんな停滞したままではいられない。
時間はあるとは言っても限度があるし、それに甘んじていてはどれだけ経っても進まないことは明白なのだから。
そんな亀のような進行速度が打破できないまま時間が過ぎていく中、颯哉がぽつりと漏らした独り言が拓也の耳に入ってくる。
「…そういや、今度駅前でクリスマスツリーのイルミネーションやるんだよな。人づてに聞いただけだから詳しくは知らんが……」
「…クリスマスツリーのイルミネーション?」
それは、何の意図もなくこぼれたものだったのだろう。
事実、颯哉は天井を見上げたままぼーっとしているし、そこに特別な考えは感じられない。
だが、拓也はそれに何かを感じた。
そんな一言に思わず反応を返してしまったのは、そこに何かを感じ取ったからこそだろう。
颯哉自身も何気なくつぶやいただけだったのか、特に意識もしていなさそうだが、拓也の反応を見てこちらに視線を向けてきた。
「ん、ああ。なんかクラスのやつらがクリスマスイブの日にでっかいクリスマスツリーが設置されるからって話してたのを聞いたんだよ。そんな珍しいことでもないだろ」
「…その話、もう少し詳しく聞いてもいいか」
「そりゃ別にいいけど」
妙な点に食いついた拓也に不思議そうにではあったが、そのイベントに関して詳細を説明してくれた。
分かったことは、午後の六時ごろにクリスマスツリーのイルミネーションが行われること。
その様子をかなり間近で眺めることができるため、かなりインパクトのある催しだということだった。
ただ、あくまでもツリーのイルミネーションが行われるというだけなので、そこまで大々的に宣伝されているものでもなく、これ以上の情報は特に分からないらしいが……今の拓也にとっては十分すぎるものだ。
…確かに、イベントとしてはそこまで派手なものではないかもしれない。
それこそ、より大きなものを求めるのであれば探せばそこら中にあるはずだ。
けれど、話を聞いていく中で拓也の心は既に決まっていた。
「…何だか原城が嬉しそうだけど、もしかしてそこにするの?」
「ああ。色々提案してくれて助かったよ。…少なくとも、これで決まりだな」
「おう、マジか! …そんなら、俺らも陰ながら応援してるぜ!」
「ありがとうよ」
具体的な内容はまだまだだが、これからのことが少なからず前進したことに安堵と嬉しさを覚える。
そして、それを激励してくれる友の存在が、何よりも頼もしくも思えた。