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「もちろん相当の慰謝料は支払われたのよ。でも、それでこうくんが戻ってくるわけじゃないから」

「サイボーグ技術でなんとかなる怪我ならまだ良かったのに、運が悪かったとしか言いようがないよ」

「同じ親として気持ちが分からないわけじゃ決してないんだけどね」


 三人はまた揃いも揃って、ハアと重い息を吐いた。


 一人一台は持っている『睡眠補助デバイス-アルケミスト』。


 こうくんママは支払われた慰謝料を叩いて、新築マンションと同価格の最新型『睡眠補助デバイス-アルケミスト』をオプション付きで購入したそうだ。


 こうくんの残した生体マイクロチップを挿入し、夢の中でこうくんに会うためである。


 最初は夢と現実の折り合いがついていたこうくんママだが、すっかり最新型『睡眠補助デバイス-アルケミスト』にはまり込み、『息子はまだ生きている』と主張するようになってしまったらしい。


「ほんとは、私たちがもっとちゃんと受け入れてあげないといけないんだろうけどね。こうくんママに偏見を持ってしまうこと自体が差別なんだろうから」


 ロボット(R)、サイボーグ(C)、ホムンクルス(H)、AI(A)、アンドロイド(A)に至るまで、この国は最先端技術にあふれている。


 健康で文化的な最低限度の生活を保証するためにも、最先端技術を使う人々の人権は保証されなければならないし、最先端技術自体においても粗末に扱うことは許されない。


 人の思考を反映した最先端技術の権利を侵害することは、間接的であれ人権を踏みにじることに繋がるからだ。


 歴史の授業で習ったが、一世紀ほど前に幅広いセクシュアリティを総称するLGBTQという言葉があったらしい。昨今ニュースで多用されるワードは『RCHダブルA』だ。


 女性たちは今後どうこうくんママに接していけばよいのか結論が出せぬまま、会計ボタンを押した。


「お帰りですかご主人さま? すぐに伺います。どうかお座りになってお待ちくださいませ」


 萌子は未来(みらい)の制服のジャケットを片手に持ち、もう一方の手から風を出していた。一旦手を止めてからジャケットを返してくれる。


「だいぶ乾いたとは思います。戻ったらお話を聞かせてください」そう言って微笑んだ。


 その瞬間だった。萌子は突然フリーズした。何の前兆もなかった。乾燥機能を使わせてしまったせいで、バッテリーが上がったのかもしれない。


「萌子? おい、大丈夫か?」


 萌子はピクリとも反応しない。未来は慌てて立ち上がる。


「制服なんて放っておけばいいって言っただろ? どうせ帰ったら洗わなきゃならないんだから」


 女性たちの会計へは別の配膳ロボットが向かった。滑らかな動きで機械音も全く気にならなかった。


「俺がコーラーを溢したのが悪かったんだよな」


 微笑を浮かべて萌子は佇んでいる。


「若く見えても、もう人間でいうとおばあちゃんみたいなものなんだから無理をしたらダメだろ?」


 萌子は何も言わなかった。これでは昔デパートに並んでいたというマネキン人形のようだ。両肩に手を置いてから優しく揺すった。


「辞めてくれよ。心臓に悪いだろ? なぁ? 何とか言えよ」

「お客様、配膳ロボットが不具合を起こしたようでご迷惑をお掛けしました」


 いつまでも動こうとしない萌子に肝を冷やしていると、ファミレスの奥から二十歳くらいのお姉さんがやってきた。


「俺が乾燥機能を使わせてしまったせいだと思います。すみません」

「いえ、何の問題もございません。引き続きお食事をお楽しみください」

「萌子、直りますよね?」


 お姉さんはサーベーランスルームで働いている監視官なのだろう、手に古めかしい鍵を持っている。生体認証で大概のことは済んでしまうので鍵なんて久しぶりに見た。


 お姉さんは萌子のメイド服のチャックを下ろす。背中が扉になっているようで、ほくろのような鍵穴があった。解錠して扉を開くと中からもくもくと煙が上がる。


「あらら。こりゃスクラップかな」

「スクラップ? ……それって破棄するって意味ですよね!?」

「もう寿命なんです」


 お姉さんは煙を吸ってしまったのか、咳き込みながら答える。

 萌子をスクラップにされては堪らない。未来は取り乱した口調でまくし立てた。


「萌子はまだ働けるはずです。ついさっきまで元気でした。コーラだって持ってきてくれたばかりなんです、ほら。ほら、見てください」


 テーブルの上にはコーラではなく、カモミールティーが置いてあった。まだ湯気を立てており柔らかな香りが漂っている。


「またこの子は注文を間違えたのね」、とお姉さん。


――コーラを持って来いって頼んだよな?


 未来がファミレスに通うようになって一ヶ月ほど経ったころ、萌子は同じように注文を間違えた。コーラではなくて烏龍茶を持ってきたのだ。


 見るからに型落ちの配膳ロボットだったから、仕方がないと思った。ドリンクバーを永遠とループして居座っているのだからとても文句を言う気にはなれなかった。


 萌子は五回に一度くらいの頻度で注文を間違えるようになる。やりたいようにすればいい。ドリンクバーは一律料金なので目くじらを立てるほどのことでもない。どうしても欲しければ自分で取りに行く。


 そんなある日萌子は言った。


――コーラばかりを飲むのは糖質のとりすぎになります。未来様のお体に差し障ります。次は、お紅茶を淹れてもよろしいでしょうか?


 萌子は意図的に注文を間違えていたのだ。


「きっとわざとなんです。俺がコーラばっかり飲むから……」

「お節介焼きよね、この子は」


 萌子の背中に手を突っ込んだままお姉さんは呟いた。手先が器用のようだ。仕事が早い。この分ならすぐ直るのではないだろうか。


「そうですね。お節介焼きだと思います」


 心からそう思う。いらないというのに廃棄になった食材を押し付けられたこともある。


――ハンバーグがお好きなことは存じ上げております。気兼ねなくお受け取りください。未来様は特別なのです


 萌子が差し出すビニール袋は、冷凍ハンバーグでぱんぱんに膨れ上がっていた。確かにお年玉をもらいお金に余裕があるときにハンバーグを頼んだ覚えはあるが、そんなにもらっても消費しきれない。


――このままでは監視官さんが気づいてしまいます。さあ、早く持って行ってくださいまし


 懇願するような目をしてビニール袋を押し付けてくる萌子の気持ちを無下にも出来ず、一週間ほどハンバーグばかりを食べる羽目になった。


 嫌だったかというとそんなことはない。ちょうど家庭環境が悪化していた。ハンバーグを食べるたびに萌子を思い出した。心がじんわりと温かくなって、明日もなんとかやっていけるような気持ちになった。


 萌子には家庭のことを話していたから、今思えば元気づけようとしてくれていたのかもしれない。家庭で食事を出してもらえないのではないかと心配してくれていたのかもしれない。


 もし萌子がいなくなったら――。そんな世界は考えたくなかった。どうしてもっと優しくしてやらなかったのだろう。面と向かって感謝の気持ちさえ伝えたことはない。だっていることが当然だったじゃないか。


 お姉さんが手を止めた。頬が緩んでいる。


「あぁ、良かったわぁ」


 萌子が直ったのだろう。


 次に会ったら「自分の年を考えろ」と説教をしてやらないといけない。いや、労ってやるのが先だろう。フリーズしたことで落ち込むかもしれないし。そうだ、何か萌子が喜びそうなものでもプレゼントしてみようか。髪留めなんてどうだろう。リボンの方が似合うだろうか。


 未来はお姉さんにお礼を言おうと口を開く。


「あの――」

「やっといい感じに壊れてくれたわ」

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