未定
With all respect to 『C』.
深みのある陰影を見せる艶木の室内で、金属フィラメントの光がかすかに空気を焦がす。扉のノックと共に現れた男は、絨毯の床を踏みゆく中で壁棚に視線を落とした。
硝子越しに飾られる品々ではなく、また下側の閉め戸棚でもない。中段の天板にポツリと置かれるワイン瓶を目にして、男は部屋の主へと視線を向ける。
編み込みの白髪。脱色とは異なる芯とした厚みを持ち、揺れる明かりに艶とは異なるた色味をうつす。暖炉隣のソファーに身を落ち着けた、その若い外見の女性から承諾を見つけると男は棚に置かれたボトルをゆっくりと拾い上げた。
「アントル・リヴィエール1944、復活の年か」
刻印や文字はとうに薄れている。
銘柄を読むために瓶を傾けることさえわずかに、透過の少ない瓶の揺れまで嫌うように持ち上げたのも一時、それは元の位置へと戻される。
「東、西イェールに囲まれた領土。贈呈品としての価値が求められて工房の徴収こそされなかったものの、強行政策のおかげで伐採権は大きく限定された。ようやく新たな樽料で味を育めるようになるかといったところで、翌年には規制も解かれて元来の製法を取り戻してしまった。当時の彼らの努力を無にするようで悪いが、今でも記念品としての価値の方が高いくらいだ」
男はボトルから視線を移す。暖炉の横、そして焚かれる薪木に余裕があるのを確認した後には、短い呼吸を入れた。
「近代醸造が始まる前の最後のひと搾りだとすれば、君には、こちらの方が親しいのかもしれないな」
「どうでしょう。近さだけを言えば、もちろん貴方の言葉通りなのだけれど。私も当時を生きていたわけではありません。……それに年月が経ってしまえば、どちらも変わってしまうものでしょう?」
「違いない」
男は返事の後には、対面となるソファに腰を下して、暖炉の火に視線を移す。
「とはいえ、希少な一本がここに持ち込まれてしまった。また一つ世界の資産が失われたわけだ」
「純粋な価値になったとも言えます。ここの信用が続くかぎりにおいてですが」
礼装を着込む男に対して、女はどちらかといえば略礼装に似た服装であった。ボレロを含め身に帯びた刺繍は部屋の格調とも吊り合い、そんな容姿で眺める本も隠れきらない装飾がある。
本は閉ざされ、寝かせきらない背を起こした女が男の方を見た。
「よろしければ、少し味わってみますか?」
「……、淑女の誘いを断るのは心苦しいが、こういった類は思い出にこそ映えるものだ。来歴を懐かしんで、コルクに漏れ出した匂いをかぐ。口に含むのは失礼というものさ」
「であれば、遠い約束を交わしておく、というのはいかがでしょう?」
男は保った笑みに表情を足した。
「それは申し分ない提案だ。どうだろう? 僕らの野望が果たされるその時には相伴させてもらえるかな。きっと後悔する味だと思う」
「ええ、構いませんよ。お互い、ゆがんだ表情を見せあうというのも面白いものでしょう?」
「さすがの職人も、根性比べのために使われるとは思わなかっただろうね」