18
俺は茫然とする頭で、一歩踏み出そうとした瞬間……倒れた。この泥だらけの地面に倒れるのは嫌だな。
そんなことを思いながら、重力に身を任せていると、俺は何かにもたれかかった。
「無茶しすぎだ。」
この淡々とした声は、キースだな。観客席からここまで一瞬で来たことを考えると、一日に一回しか使えない【韋駄天】を使ったな?
「キース、こんなことで韋駄天を使うなよな。」
「ここで使わないで、いつ使うんだ?」
「一日一回しか使えないだろうが。だけど、ありがとう。」
まぁ、今日は韋駄天を使うような戦闘はもうないよな。おかげで、泥だらけの地面にダイブするのを免れたしな。
「ああ。その……さっきはすまなかった、あんな言い方をして。そして、俺たちのために戦ってくれてありがとう。」
「大丈夫だ、わかっているから。それに、当たり前だろ!俺はお前らの主だからな。」
「あぁ、最高の主だ。」
俺がそういうと、キースは笑顔でそう答えてくれた。俺たちが話していると、ジルたちが続々と、下に降りてきてくれたようだ。
「アース、無事か!」
「アース(様)!」
「主!」
みんな心配げな表情で俺を見ている。大丈夫だよ、そんなに心配しなくてもな。
「ジル、みんな。心配をかけたな。」
俺たちが話していると、学園長から声をかけられた。
「お主ら、早くアースとやらを治療室に連れていくのじゃ。その負傷もまずいが、魔力欠乏を起こしかけているようじゃ。」
「わかりました、学園長先生。アース、俺に運ばせてくれるか?」
「いや、それは……。」
俺はずぶ濡れの泥だらけだ。それに、流血もしている。キースにすら任せるのも躊躇われるのに、ジルに任せるわけにはいかない。
俺が躊躇っているのを悟ったのか、ジルは優しい声で語りかけてきた。
「アース、戦った部下を労うのは主の役目だ。それでも、ダメか?」
ダメかって、断れないじゃないか。
「……わかった。」
「歩けないだろうから、背負うしかないな。」
「いや、この年でそれは……。」
「まだ、セーフだ。それに、早く治療しないとまずい、緊急事態だ。」
「はー、わかったよ。」
渋々俺は、ジルに背負われた。俺たちが治療室へ向かおうとすると、怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、運び屋! なぜだ! なぜ、俺の側近にならないんだ! そいつなんかの何がいいんだ!」
「アース、もう聞かなくていい。早く行こう。」
まだわからないのか、この最低な王子は。一言言わないと気が済まないな。
「ジル、いったん止まってくれ。」
「治療が先だ。」
「止まらないなら、降りる。」
そう俺が言うと、渋々ジルは止まった。
「まだ、お分かりにならないんですか?」
「何がだ! 俺様はそいつより、金も地位もいいものをくれてやるぞ! それにいい女もな!」
さっきも聞いたよ、それ。
「何か勘違いしているようですが、私はジルベルト殿下から、「物」は何もいただいてはおりません。お金も、地位も、何もです。」
「は? それなのになぜ、そんな何のとりえもない王子なんか……。」
「なんのとりえもないですか……。ジルベルト殿下があなたよりも優れているところは、人柄など、挙げるときりがないですが……とりあえず、あなたよりもジルベルト殿下の方が、お強いのは確かですね。どちらとも戦ったことがある私が言うのですから、間違いないですね。まぁ、私はこのようにボロボロですので、説得力がないかもしれませんせんが……。それに、あなたが欲しいのは「私」ではなく、私の「能力」ですよね? ジルベルト殿下は「私自身」を必要としてくださいます。あなたとは、そういうところが違うのですよ。」
これは本当のことだ。確かにジーマン殿下も強力な魔導士だ。しかし、ただ強力な魔法を放っているだけだし、それに戦闘中にしゃべりすぎだ。そのおかげで、水がたまる時間稼ぎもできたしな。ジルは、三属性に加え、王族の魔力量、それに剣術も鍛錬している。両者の勝敗など目に見えているだろう。
「な、なんだと? それの何が悪い!! だったら何でもいい! お前が欲しいものを俺様が与えてやる!」
はー、俺の欲しい物か。なんだろうな? 物ではないな、確実に。俺が欲しいものは……。
「……。あなたは、ずぶ濡れで泥だらけで、さらに流血もしている部下を、何のためらいもなく背負うことはできますか? おそらく、あなたにはできないでしょうね。あなたとジルベルト殿下の差はそういうところです。断言します。あなたに、私の欲しいものは用意できません。」
俺がそういうと、ジーマン殿下は顔を真っ赤にさせ、地団太を踏み出した。
「く、くそがーーーー! 絶対後悔させてやるからなーーー!!」
「行こう、ジル。もう用はない。」
ーー
それから、俺たちは治療室へと向かった。
「治療室の場所はわかるのか?」
「わからん。」
は? わからないのに、俺を背負って運ぼうとしていたのか?
「ウォーザット、案内を頼む。」
「……。」
「何だよ、その間は!」
「いや、俺も側近に頼ることもあるから、何も言えないなと思っただけだよ。」
「……悪かったな。」
「……別に謝ることじゃないだろ……?」
あー、まずいな。そろそろ、意識がなくなりそうだな……。
「あ、あぁ、そうか。それよりも、俺から何もあげてないというのは、少々聞こえが悪かったな。何か欲しいものはあるか?」
「……。」
「アース?」
「……。」
「ゆっくり休めよ、アース。」
ーー
それから、俺は丸一日以上、目を覚まさなかった。今日は日曜の朝である。俺はゆっくりと目を開けた。
「アース(様)!」
「主!」
そこには嬉しそうに俺を見つめる側近たちの姿があった。
「おはよう、みんな。ここは俺の部屋か?」
「そうだ。昨日、治療院での治療が終わった後、殿下がここまで運んでくださったんだ。体調ははどうだ?」
「んー、体がまだ重いな。魔力がまだ戻っていないのか? 若干体が熱いような……。」
「アースは、魔力欠乏症になりかかっていたからね。まだ、魔力が完全に回復していないんだよ。」
なるほど。魔力が回復すれば、体調は戻るのかな? 俺がそう聞くと、アスタが答えてくれた。
「はい、治療師の方もそう言っておられました。体調が戻ったら、学園に行ってもいいそうです。」
「主、主が目を覚ましたことを殿下やマクウェル様たちに、伝えてきてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、頼むよ。」
ローウェルは返事をすると、すぐに部屋を出ていった。仕事のできる側近で本当に助かるな。
ーー
コンコン
俺はいつも通り、キースに頼んでドアを開けてもらった。急ぎ足で現れたのは、ジルだった。
「アース、目が覚めたんだな! 心配したぞ。」
「ここまで運んでくれたんだってな、ジル。ありがとう。」
「それくらいいいさ。体調はどうだ?」
「まだ、万全ではないかな。あ、足の傷をまだ確認していなかったな。」
「手伝うよ。」
「俺も。」
キースとミラルの補助を受けて、俺は自分の右足を確認した。
これは……。やけど跡と傷跡が残っているな。見るからに痛そうな傷が俺の右足に残っていた。
「アース様が受けたダメージが大きすぎたようです。治療師の方でも傷跡までは……。ただ、機能には問題ないそうです。」
俺の様子を見かねて、アスタが説明してくれた。
「そうか……。まぁ、しょうがないな。あ、そうだ。俺はいま、魔法を使ってもいいのか?」
「ダメに決まっているだろう? 魔力を回復させている途中だ。」
「たしかに、そうだな。回復してからにするよ。」
「何をする気なの?」
「俺の回復魔法なら、傷跡も治るかなと思ってさ。」
「なるほどな。その可能性は高いな。なにせ、俺も傷跡一つないもんな。」
「そういうことだ。自分に回復魔法ってかけれるのか?」
「あぁ、だがかなり痛い。」
……頑張ってやるしかないな。
ーー
コンコン
兄上たちが来てくれたのかな? 今度はミラルに、ドアを開けてもらった。
「アース、心配したよ!」
「本当に無茶しやがって。」
「マクウェル兄上、ケルサス兄上、ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。」
「本当だよ。学園中が騒ぎになっていたから、何事かと思えば、アースがジーマン殿下と決闘すると聞いたからね。心臓が飛び出しそうになったよ。」
「全くだ。それで、明日から学園には通えそうか?」
「そうですね、体調が戻れば通いたいですが、この分だと難しいかも知れないですね。」
「そうか。ならばしっかり休んで、治した方が良いな。」
「ありがとうございます。ただ、その、決闘の件は学園中で噂になっているのですよね?」
「そうだね。一学年だけではなく、他の学年の生徒も知っているね。」
「そうですよね……学園に戻った時の、周りからの反応を考えると気が重いですね。」
王族と決闘をしたうえに、大勢の前であんなにボロボロの姿をさらしたのだからな……。
そして、王族をくだした腫物なうえに、あんなかっこ悪い姿を見せたのだから、陰口のオンパレードになるのではないだろうか?
俺のつぶやきが聞こえたのか、ジルが俺のつぶやきに反応した。
「そうか? 王族の件はわからないが、お前の戦いはかっこよかったぞ? 少なくとも、騎士や魔導士コースの者はそう思ったと思うぞ。何しろ、両者ともに一学年のレベルをはるかに超えていたからな。そうだろう、騎士組連中?」
俺の戦いがかっこよかっただと? 本当にそうだろうか? すると、ジルの言葉を受けて、俺の側近の騎士組がジルに賛同した。そして、オーサックやウォーザットからも賛同があった。
「私もそう思いますね。高レベルな魔法の打ち合いに加え、アースの見事な作戦……私はあのような寒いものは御免被りたいですが、それを加味したとしても、学園に入ったばかりの一学年の生徒には刺激になったと思います。ですよね、兄さん?」
本当にみんなが思っているような、反応がくるだろうか?
「あぁ、そうだな。俺もアースと戦いたくなったからな。」
は? こいつはいつもそればっかりだな……。
「お前はいつもそれを言っているだろ! この戦闘狂!」
俺たちは全員で笑い合い、そして、次の日を迎えた。




