15
それからというもの同じような日々が流れていった。特に厄介ごとに巻き込まれることなく、十月が終わった。前期も残り二か月だな。
ここで学園のスケジュールをおさらいしたい。十月、十一月、十二月二十五日までが前期日程であり、年末、一月、二月が冬休みである。そして、三月、四月、五月、六月、七月が後期で、八月、九月が夏休みである。
そんな十一月の初めの週に事件は起こった。それは金の日、魔法実技を終え、最後の教養科目のコマに起こった。
授業後俺たちは、すぐに教室を去ろうとした。しかし、一人の男が教室に響き渡る大声で叫んだ。
「アース・サンドール、今すぐ俺様の前に来い。来なければ、どんな手段でも使い追い込こんでやる。これは、王族命令だ。」
ジーマン・サンテリア、サンテリア聖王国の第二王子である。俺たちが逃げ回っていたから、しびれを切らしたのだろう。そろそろ何か仕掛けてくるかもと警戒していたが、まさかこんな大胆な手段を採るとは……。これじゃあ、行かないわけにはいかないな。
側近たちが、俺のことを心配そうな顔で見てくる。そうだよな、不安だよな。
「そう心配そうな顔をするな。ただ、呼ばれているだけだ。俺もそろそろ、挨拶をしたいと思っていたところだ。さあ、堂々と行こうか。」
ーー
「アース・サンドール、王命により御前に参上いたしました。」
ジーマン・サンテリア。王族なだけあって顔はそれなりだが、性格の悪さが顔ににじみ出ている。それに、一学年全員が集まる教室で何をしているんだ。大注目ではないか。
「おー、会いたかったぞ。何やらお前が逃げ回っていたせいで、なかなか捕まえることができなかったぞ。」
「逃げるなど、そのような真似はしていません。人混みが苦手なので、素早く教室を去っていたのですよ。」
「まぁ、いい。それよりも、俺様の側近になれ。」
いきなりだな、まったく。言動に品がないよな。
「それはできません。すでに私は、主を決めております。」
「そうか。ならばその主とやらよりも、もっといいい地位や名誉、そして金をやろう。それとも、女の方が良いか?」
は? 聞いていたよりも、もっと最低だな。デーブン以来だ、この胸糞の悪さは。金や地位、そして女なんて芸のかけらもない。
「それには及びません。何を与えられようとも、私は主を変えるつもりはありません。」
俺がそういうと、ジーマン殿下は顔を真っ赤にして。怒鳴り散らした。性格が悪いうえに、短気のようだ。
「ふざけるな! 俺様を誰だと思っている! お前のような弱小国の貴族は……。」
「そこまでにしていただきたい。私の側近です、それ以上の強引な真似は看過できません。」
俺がどうしたものかと悩んでいると、ジルが颯爽と現れた。
「ジルベルト殿下、お手を煩わせて申し訳ございません。」
「いい、主として当然のことだ。」
相手は格上の王族だ。しかしジルは、迷わずに出てきてくれた。流石、俺の選んだ主だな。
「は? 弱小国の王子か。お前に用はない。」
「私の側近です。あなたに用がなくとも、私にはあります。」
「ふん! そうか、そうだよな。お前も、こいつを失わないように必死になるよな。なぜなら、「便利な足」だもんな、こいつは。」
あ、それは禁句。俺は我慢できるが、こいつらが我慢できなくなってしまう。ジルや側近たちの雰囲気が、不穏になってきた。
「おい、アース。「運び屋」なら別にこいつではなくても、俺のところでやればいいだろ? 俺が大事に飼ってやるよ。」
まずいな。俺はいいがジルたちの殺気がただ漏れだ。ここは落ち着かせないと、不敬罪になりかねない。
「全員落ち着けよ。俺は何を言われても大丈夫だ。キース、魔刀から手を放せ。」
「チッ……。」
こういう時、一番怒ってくれるのはいつもキースだな。
「そういえば、お前にも飼い犬がいるんだったな? そいつらもまとめてかわいがってやるよ。特に、そこのブロンド髪の女。容姿も体もいい、俺の女になれ。」
それは、ダメだ。俺はいくら自分のことを馬鹿にされようが我慢できるが、友人や側近を馬鹿にされるのは我慢できない。……キレそうだ。
『凪げ 泡(沫)』
「おい、アース! 相手は王族だ、それはまずい! 気持ちはわかるが、今は落ち着け。退学では済まされないぞ、俺はそれを望まない!」
クソ……。
俺は魔刀から手を放した。
「アース、何が不満なんだ? そんな何のとりえもない、弱小国の王子の何がいいんだ? 顔はまぁまぁだが、それ以外は普通だろ? アースが側近でなければ何の価値もな……。」
「オーサック!」
「アース!」
もう我慢できない。俺とオーサックは剣を抜き、切りかかろうとした。その時、緑色の髪の少年が俺たちを制した。
「ダメだ、切る価値もない。剣を収めろ、二人とも。」
シ、シリル殿下……。
「すまないな。部外者だから口を出さないつもりだったが、さすがに酷すぎた。」
シリル殿下とは、薬草研究会があるたびにいろいろな話をして友人となっていた。とても、丁寧で優しい人だ。
「ジーマン殿下、少し横暴ではないですか? 私の友人をあまり侮辱しないでいただきたい。」
「ふん! グレートプレアか、農業国風情がでしゃばってくるんじゃねーよ!」
こいつはあほなのか? 他国の王族に、なんて口をきいているんだ。
「これじゃあ、埒があかないな。仕方ない、少しわからせる必要があるな。おい、アース。俺様と決闘をしろ。力で屈服させてやる。」
「アース、受ける必要はない! 決闘は双方の合意がないと成り立たな……。」
「いいや、お前は受ける。何しろ、「お仲間ごっこ」が好きなようだからな。お前が勝負を受けなければ、俺様のあらゆる権限を行使して、そこの何らとりえのない王子とお前の飼い犬の悪評を拡散する。貴族にとって評判は何よりも重要だ。大国の第二王子が言えば、大体の者は信じるだろうな。例えば、そこの茶髪に灰目のやつの父親は……。」
あ、もう本当にダメだ。頭が真っ白になる。魔力があふれていく。
「おい、もう黙れ。わかった受けてやる。その代わり俺が勝ったら、二度と俺の主、側近、友人、家族を侮辱しないと誓え。そして、謝罪をしろ。」
俺がそういいながら力を籠めると、肩にそっと手を置かれた。その瞬間、俺の力がすっと抜けた。
「アース、魔力を落ち着かせろ。周りの人たちにも被害が出るぞ。」
え……?
周囲を見ると、冷気出回りが満たされていた。
「あははははは! やっと、やる気になったか。それなりに楽しめそうだな。ルールはそうだな……。俺様は魔導士だ。よって、お前はその腰に提げている剣を含めた、武器の使用を禁じる。別にいいだろう? お前は魔導士コース所属だ。」
魔刀の使用禁止か、純粋な魔法の打ち合いとなる。しかし、何か良からぬことを考えているのではないか? 側近たちやジルが、提案を跳ね除けるように俺を説得してきた。しかし………。
「いいや、お前に拒否権はない。今言った条件をのまないかぎり、勝負を放棄したとみなす。」
「な! それはあまりにも……。」
「ジル、大丈夫だ。この勝負は受けるしかない。俺は、俺の守りたいもののために全力で勝つよ。」
「ふん! かっこつけられるのも今の内だ。もう会場は抑えてある。第二魔導士訓練場だ。あー、そうだ。ここにいる、第一学年のやつらも見学に来い! 俺様が勝つところを見せてやる。証人が多い方が、お前も逃げられないだろ? 今から一時間後だ、楽しみにしている。」
そういうと、ジーマン殿下は気味の悪い笑顔を浮かべて退出していった。
ーー
「みんな、勝負を受けてしまって悪かったな。ジルベルト殿下、そしてシリル殿下、庇ってくださってありがとうございました。」
「俺は、主として当然のことをしたまでだ。」
「俺も友人として、当然のことをしただけだよ。それに……あれは、受けざるを得なかったと思う。」
「そうですね……後手に回ってしまいました。ミラルとアスタ、名指しで侮辱されていたが、大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ。あんなのに何を言われようと、気にしないよ。」
「自分も大丈夫です。ただ、あいつのせいで、アース様にご迷惑がかるのは我慢ならないです。」
「主、ご自身の苦手分野は覚えていますね?」
あぁ、雷属性だな。
俺は自身の弱点を把握している。それは、一級の雷属性の魔導士だ。騎士ならば、何とか対応することができる。しかし、凄腕の魔導士の一点集中した雷魔法は、氷壁では貫通されてしまい、防ぐことができない。もちろん、水壁も論外だ。そこら辺の雷使いならば氷壁で防げていたが、未だ強力な雷使いとの戦闘経験がない。だからこそ、俺の生命線は大窓でのガードだ。つまり、魔力量の勝負になる可能性が高いわけだ。
「アース、ここで不運な知らせだが、ジーマン殿下は雷と風属性を持っている。俺とシリル殿下は、ジーマン殿下と同じクラスだから知っている。それに、仮にも王族だから魔力量も高いだろう。」
それは、厳しい戦いになりそうだな。それにジーマンには、自信がありそうだった。俺の情報を得て、雷が弱点だと気づいているのか……?
それだとまずいかもしれない。いきなり、上級雷魔法を連発されてもおかしくはない。これは……。
「……無傷では勝てそうもないな。」
俺がそういうと、全員が息をのむ音が聞こえた。
「ジル、みんなも安心しろよ。死にに行くわけじゃないんだ。だが、負傷は免れないだろうな。だけど……絶対勝つからさ。さぁ、そろそろ時間だ、会場に……。」
俺がそういうと、キースが不機嫌をあらわにした表情で呼び止めた。
「どうした、キース?」
「さっき、俺たちの侮辱の撤回と謝罪を要求したな? なぜ、お前自身を含めなかった?」
「それは……俺自身はジーマン殿下に何を言われようとも気にしないから……。」
「もういい。早く行け。」
俺が自分自身を大切にしてないから怒ってるんだな。キース、お前は優しいからな。すまない、絶対勝つから。




