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入学まで、残り一週間。側近たちには、実家で挨拶と入学準備をしてくるようにと、暇を出す予定だ。
「全員、転移陣で移動の日の前日まで休暇を出す。親御さんたちに挨拶と、入寮及び入学の準備を済まして来いよ。ミラルの辺境伯領は遠いから、俺が送っていくな。」
「うん、ありがとう。」
本当は全員を送っていきたいところだが、辺境伯領以外の屋敷にはいったことがない。だから、ミラル以外の三人の実家への窓を開くことができなのだ。
「馬車での移動、嫌だな。」
「俺もですよ、主。何とかしてくださいよ!」
確かに、馬車の移動はめったにしない。というか、数年ぶりくらいではないだろうか? どこかに出かけるにしても、大体が王城であるため窓で移動をしていたのだ。慣れていないと、馬車での移動は相当きつい。
「がんばれ。俺も一緒に、頑張るからさ。」
「主、どこか行くんですか?」
「ああ、俺はアスタに付いて行こうと思っている。」
俺がそういうとアスタが立ち上がって、驚きの声を上げた。それもそのはずだ、事前に伝えていなかったからな。
「アース様、聞いてませんよ!?」
「今言ったからな。俺も白い砂浜の海がみてみたい。」
この世界に来てからというもの、まだ海を見たことがないのだ。社会見学の一環として、及びアスタの養父母への挨拶のために向かうのである。けして、砂浜見たさに行くのではない。
「……わかりました。自分もアース様とご一緒できるなら、うれしいです。」
アスタの了承を得て、俺とアスタで日程の確認やルートの確認を始めると、他の側近たちからの不満の声が上がった。
「ずるいぞ、俺も行く。」
「私も。」
「俺もですよ、主!」
「ダメだ。学園入学はご両親にとっては、お前らの一区切りだ。しっかり、元気な顔を見せて来い。長期休みになったら、みんなでいこうな。」
親にとって、こどもが学校に入学するというのは一つの区切りだ。それに、入寮するため簡単には会うことができなくなる。ここは、しっかりと挨拶をしていてもらいたい。
俺がそういうと、側近たちは渋々ながら納得したようで、頷いた。こうして、側近たちは実家へと帰省していった。
ーー
俺はアスタと共にリンハット男爵領へと向かったのだが、男爵領までは馬車で二日ほどかかった。
「今度、馬車移動を快適にする道具をつくるべきだな。」
「そうですね……。」
俺たちがそんな会話をしていると、どうやらリンハット邸へと着いたようだった。俺たちが馬車から降りると、そこにはリンハット夫妻が笑顔で待っていた。
「ようこそ、アース様。我が、リンハット男爵領へ。」
「お久しぶりです。リンハット男爵様。」
「はい、アース様。アスタもお帰り、元気だったか?」
「は、はい……。おじい様。」
なんというか、アスタの反応がまだたどたどしいような気がする。まあいきなり家族だと言われても、難しいよな。
その後俺たちは、男爵の案内を受けて客間へと向かった。道中俺は、アスタに話しかけてみた。
「照れているのか、アスタ?(小声)」
「て、照れてなどいませんよ……。(小声)」
まだ会うのは二回目だからな。あまり突っつくのもよくない。ここは、そっとしておこう。
ーー
「本当に久しぶりだな、アスタ。あれからあったことを、お前の口から是非聞きたいな。話してくれるか?」
「まぁ、私も聞きたいわ。アスタ君、お願いするわ。」
二人はお茶が入ると早速、アスタの話が聞きたいと申し出た。遠く離れた、養子のアスタをここまで気遣てくれるとは、本当にやさしい方たちだな。
「私の話なんかでよければ……。」
こうして三人は談笑し始めた。俺は時々相打ちを打ちながら、聞き役に徹している。三人の家族としての時間が動き出したばかりだ。ここで、俺がでしゃばることはない。
ーー
「アスタが楽しく、生活を送っているようで安心した。」
「えぇ、本当にね。ほとんどアース様のお話ばかりだったわね。本当にアース様のことを尊敬しているのね。」
「い、いや……!」
リンハット夫妻の言葉を受けて、アスタは慌てて立ち上がった。「尊敬しているのね」という言葉を否定したということは、俺のことは尊敬できないということなのだろうか? それは主として若干傷つくような気がする。
「え? 尊敬していないのか?」
「……尊敬しています。(小声)」
「冗談だよ。言わせたみたいになって、すまんな。」
実際、恩着せがましく尊敬してほしいだなんて思ってはいない。アスタたちには、笑顔で生活をしてほしいと思っているだけだ。
「いえ、本当に尊敬しています!」
「そうか、ありがとう。」
俺たちの掛け合いが終わると、リンハット男爵が何かを思い出したかのように話を切り出した。
「そうだ。アース様、我が領自慢の砂浜はご覧になられましたか?」
「いえ、まだです。お恥ずかしながら、私はいまだに海を見たことがなく、今日の訪問を楽しみにしておりました。」
「左様でございますか。では、今から参りましょう。ちょうど今の時間帯ならば、夕日と白い砂浜による美しい光景がみられるでしょう。」
いよいよ、楽しみにしていたこの世界の海を見ることができそうだ。非常に、楽しみである。白い砂浜もさぞや美しいだろうな。
「それは、是非見たいですね。よろしくお願いいたします。」
ーー
「こ、これは……。本当に見事ですね。」
赤い夕陽に、白い砂浜が絶妙にマッチしている。九月の下旬ということもあり、人もまばらだ。
「え、えぇ。本当に……美しいです。」
すると、アスタが突然涙を流した。
「ア、アスタどうしたんだ?」
俺はすぐにアスタの元へ駆け寄った。突然泣き出すなんて、何か辛いことを思い出したのだろうか?
「いえ、母上と見た夕日を思い出しまして……。申し訳ございません。」
そういうことか……。ただ、アスタが泣くのを見たのはこれが初めてだ。初めてであった頃も、涙を見せたことはなった。アスタは、どうやら自分の感情を抑え込む癖があるように思える。
「アスタ、泣きたいときは泣けばいいんだ。お前はたまに感情をおさえて、我慢するからな。もう、感情を抑え込む必要はないんだ。泣きたいときは泣いていい、そして笑いたいときは思いっきり笑っていいんだ。」
アスタは幼少の頃の経験から、色々なことを我慢する傾向がある。最近は、その傾向も薄れてきたが、泣くことは別のようだ。きっと、幼いころから、泣いてはいけないと自分に言い聞かせてきたのだろう。
俺がそういうと、リンハット夫妻も微笑みながらアスタへと近づいた。
「アース様の言うとおりだ、アスタ。」
「そうね、私たちがしっかりと受け止めるわ。」
「あ、ありがとうございます。おじい様、おばあ様……。」
そうして、リンハット夫妻がアスタを抱きしめた。
ーー
俺たちは夕陽を見た後に一泊してから、次の日には帰宅の準備をした。学園入学まで時間もないし、やっておきたいことがあるからだ。
「もう行ってしまわれるのですね。」
「はい、数日後には入学ですし、やっておかなければならないことがございます。」
俺がそういうと、アスタが首をかしげながら、何をやっておかなければならないのかを聞いてきた。
「アスタ、お前の母君の所へ挨拶に行きたい。場所を教えてくれるか?」
「いえ、でもあのようなところに……。」
「アスタも長い間、母君に挨拶できていないだろう? どんな場所でも構わないさ。」
俺がそういうと、アスタは少しためらった後にこたえてくれた。
「ス、スラム街の共同墓地におります……。」
共同墓地か……。その言葉を聞くだけでも、胸が痛む。アスタの許可を受けて、別の場所にお墓をつくってあげたい。
「わかった。行こう。初めて会った場所から近いのか?」
「はい。」
俺たちが帰宅しようとすると、リンハット夫妻が俺たちを止めた。
「どうされましたか、リンハット男爵様?」
「私たちも連れて行ってはもらえないでしょうか? アスタの親権を預かった者として、挨拶を申し上げたいと思った次第です。」
そういうことか。どこまでも優しく、義理堅い方たちだな。しかし、これから行こうとしている場所は貴族から疎まれている場所だ。一応、確認しなければならない。
「今から行く場所が、どのような場所かご存じですね?」
「はい、存じているつもりです。」
二人そろってここまで覚悟ができているなら、お連れするしかないだろう。
「わかりました、お連れいたしましょう。一度、サンド―公爵家により荷物を降ろしてから参ります。それでもよろしいでしょうか?」
「はい、構いません。」
俺は夫妻の了承を確認して、サンドール邸への窓を開いた。俺も、心の準備をしなければならないな。
ーー
屋敷につくと、訓練場から大きな音が聞こえてきた。あいつら、もう帰ってきているのか?
すると、俺たちが帰ってきたことに気づいたローウェルが駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、主。そして、これはお久しぶりです、リンハット男爵夫妻様。」
「お久しぶりです、カーサード様。」
「主、どうされましたか?」
屋敷にリンハット夫妻を連れてきた理由を、ローウェルは暗に尋ねてきた。こういう時に、すぐに連絡ができないのは非常に不便だよな。
「今から、アスタの母君に挨拶しに行こうと思ってな。」
俺がそういうと、ローウェルは少し考え込んだようだった。何か、意見があるのだろうか?
「……わかりました。あいつらも呼んできます。」
「お前らも行くのか?」
「当然です。同僚の母君ですからね。」
……本当にいいやつばかりだ、俺の側近は。
こうして俺たちは、全員でアスタの母親の所へ向かうことになった。
ーー
ここに来るのも懐かしいな。俺たちは、アスタと初めて出会った路地裏まで大窓でやってきた。
「主が殿下に、叱られた場所ですね。」
俺が感慨にふけっているのに、なんてことを言い出すんだ? 俺はローウェルに最上級の貴族スマイルを送って、圧をかけておいた。
「まぁ、いい。アスタ案内を頼む。」
そうして俺たちは、薄暗い道を進んでいった。スラム街というだけあって、痩せている人が多く、全体的に薄汚れていた。
「着きました、こちらです。」
ここが……。
そこには雑に掘られた大きな穴があった。これは墓地というより……。
「酷いところですよね、ここは。まるで大きなゴミ捨て場みたいです。あの時は埋葬してあげられるお金や力もなく、母上が亡くなると、問答無用でここに投げ入れられました。衛生的な観点からだと、言われました。」
それは……。
それは何ともひどい話だ。その時のアスタの心情を思うと、胸が締め付けられる……。
「このことは、自分にあの時、何の力もなかったからだと納得しています。だから、今ある大切なものは、この手で守りたい、そう思っています。」
俺たちは無言でアスタの話を聞いた。というよりはむしろ、何もいうことができなかったの方が正解かもしれない……。
少しの沈黙の後、俺は言葉を発した。
「では皆さん、黙祷を。」
俺の言葉を皮切りに、全員が黙祷をささげた。アスタは今、母親に何を語りかけているのだろうか。
ーー
「皆さん、本当にありがとうございました。」
「また来たくなったら、声をかけてくれ。いつでも窓を出す。」
「ありがとうございます、アース様。」
俺たちはそうして、帰路へと着いた。




