アレンジしよう!
青くなったり赤くなったり、かと思うと目が泳いだりを繰り返すアシュリー嬢に、堪え切れなくなったリアムは、思わずプッと吹き出した。
「プッ!クククク‥ハハハハハ!」
突然声を上げて笑い出したリアムに、アシュリー嬢はキョトンとした顔を向ける。
「失礼、貴女は本当に私の事を知らなかったんだな」
「す、すみませんでした!公爵家の方に対して、数々の無礼をっ!」
「無礼?特にそれらしき事は無かったが?」
「あ、あの〜お見苦しい物をお見せしたり‥とか」
お見苦しいと聞いて、さっきの裾を捲り上げた姿を思い出す。
「ああ‥アレか。まあ、アレは私より寧ろ貴女の方が被害者というか‥」
少し頬を染めて話すリアムに、つられてアシュリー嬢の顔もみるみる赤く染まる。
今更ながら恥ずかしくなったのか、焦った様に捲し立てた。
「あ、あの、アレは‥どうか忘れて下さい!誰も来ないと思っていただけで、ホント、あの、お目汚しするつもりは無かったというか。ふ、不可抗力なんです!もうホント、まるっと記憶から私の存在ごと抹消しちゃって下さい!え〜と、そんな訳で、直ぐに目の前から消えますんで!」
アシュリー嬢は一息に言い放つと、ボンネットを抱えた姿勢で頭を下げ、小径の方へ足を向けた。
ここで逃げられるとは思わなかったリアムは、慌てて令嬢を呼び止める。
「ま、待つんだレイウッド伯爵令嬢!そんな格好で会場へ戻るつもりか!?」
咄嗟に呼び止めたにしては、中々的を射た理由を口にしたお陰で、令嬢の足はピタリと止まる。
「あ!‥」
令嬢の今の格好は、茂みに頭を突っ込んでいた所為で、髪は乱れ葉っぱが絡み、ドレスの裾はシワになっている。
そんな格好で会場へ戻れば、好奇の目に晒される事は、さすがに彼女も気付いた様だ。
困り顔の令嬢に、リアムはある提案をする。
「まずその乱れた髪型を何とかした方がいいだろう。‥良ければ私に直させてくれないか?」
「えっ!?」
「これでも姉に仕込まれ、一通りのヘアアレンジは出来るつもりだ。ドレスの皺は‥ピンでなんとか出来るかもしれないな」
意外な申し出に困惑した令嬢は、暫く考え込んだ。
けれど今の状況で他に頼める相手はいない。
「‥本当にお願いしてもよろしいのですか?」
「ああ、任せてくれ。では‥そこの切り株へ座ってくれないか?」
リアムはすぐ近くの真新しい切り株を指差し、そこへ胸ポケットのチーフを広げる。
令嬢は少し戸惑いながらも、素直にそれに従った。
ちょこんと腰を下ろす後ろへ立つと、令嬢の頭から丁寧に一本ずつピンを抜いて行く。
ハラハラと解けていく黒髪を掬い、手櫛で葉っぱを取り払うその指先から、リアムの脳裏に驚きが広がった。
なんだこの手触りは!
柔らかく滑らかで、まるでシルクの様じゃないか!
それに‥令嬢から香る爽やかな香り。香水の様なキツイ香りではなく、柑橘系のいつまでも嗅いでいたい香りだ‥ハッ!ちょっと待て、何を考えているんだ私は!?
「なんかすみません。その、葉っぱとか‥」
申し訳なさそうな令嬢の声に、意識が引き戻される。
「いや、貴女の髪は癖がなく絡みにくい様で、簡単に落とせたから気にしなくていい。普段から手入れが行き届いているのだな」
「そんな、手入れといっても自分で調合したハーブを練り込んで、手作りの石鹸で洗っているだけですが‥」
「何だって!?石鹸を手作りしているのか!?」
「あ、はい」
またもや驚きの発言を聞き、一瞬リアムの手が止まった。
キノコ採りの次は手作りの石鹸だと!?
伯爵令嬢がそんな事をするなんて、全くもって理解出来ない。
一体何なんだこの令嬢は!?
次から次へと、まるでびっくり箱の様じゃないか!
しかし‥‥面白い!!
「あの〜大丈夫でしょうか?」
手の止まったリアムに、令嬢は不安げに声を掛ける。
「あ、ああ、問題無い。どの様な髪型がいいか少し考えていたのだ。大体まとまったからアレンジを始めるが、その間‥他にどんな事をしているのか、聞かせてくれないか?」
「えっ!?私の話ですか?」
「ああ。貴女のやる事は、中々に興味を惹かれる。もっと貴女という人を知りたくなった」
無意識に発した言葉は、今日一番の口説き文句だ。
「聞いて面白いもんじゃないと思いますが。でも、私のやっている事が領地経営の役に立つかどうか、判断して頂けたら嬉しいです!」
軽く拳を握り締めて、興奮気味に意気込む令嬢の姿に、リアムはクスリと笑みをこぼす。
口説いた方も口説かれた方もお互い無自覚のまま、暫く令嬢の話に夢中になっていた。
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