飴と鞭?
チラチラとリアムの顔色を伺うアシュリー嬢は、まるで小動物の様に怯えている。
ふむ、少し脅し過ぎたかもしれないな。
もしここにダニーがいたら「おいリアム!目的は誘惑だというのに、怯えさせてどうするんだ!?」と、突っ込む所だろう。
仕方ない、飴と鞭作戦を決行するか。
「そう怯えなくてもいい。貴女の身元さえ分かれば、特に責めるつもりはない」
敢えて優しく穏やかに言うと、アシュリー嬢はホーッと息を吐いた。
「ありがとうございますうっ!それって、罪に問われ無いって事ですよね?」
パアアッと顔を輝かせ、安心したのか令嬢は笑顔を見せた。
「そういう事だ。ただ、一つ質問していいか?」
「はい!何でしょう?」
「なぜキノコを?」
「うっ!え、ええと〜ですね、特に深い意味はないというか‥強いて言えば、そこにキノコがあるから‥ですかね!?」
「は?」
困惑するリアムに対して、令嬢は至って真剣だ。
なんじゃそりゃ!
そこに山があるから‥みたいな言葉を引用したつもりだろうが、1ミリも理解出来ないぞ!
しかもその「言い切った」みたいな達成感に溢れた顔、全くもって意味が分からん!
「あのー‥?」
「すまないご令嬢、そこにキノコがあるからとは、どういう意味だ?」
「あ、やっぱ分かりませんよね。う〜ん‥何と説明したらいいか‥。えーと、実は私、女だてらに領地の経営を手伝っていまして、特に農産物の研究に力を入れているんですよ」
「‥そうなのか。で?」
「あの、それでですね、野山に自生する山菜やキノコなんかも研究していまして。あ、領地の特産物になったらいいなーなんて考えた上でです。まあ、つまり、どんな所にどんな物が生えるかを追求してきた結果、ほぼ間違いなく探し出せる様になったんです」
「‥で?わざわざ園遊会の最中にキノコを採っていた訳は?」
「いや〜一目見て絶対生えている!と確信したら、居ても立っても居られなくなったと言いますか。体が勝手に動いちゃったんです。ご理解頂けましたか?」
分からん!
聞けば聞くほど彼女の思考が理解出来ない。
そもそも何故そこでキノコ採りという発想に至るんだ!?
「つまり貴女は‥社交よりキノコ採りを優先させたと?」
「はい!実は私‥相応しい時期に社交デビューをしていないんです。だから今更社交に精を出しても、意味が無いと思いまして」
「しかし、妙齢の女性が社交をしないとなると、良縁に恵まれる可能性は極端に低くなるのでは?」
「あー‥一般的にはそういう考え方ですよね。でも良縁って、側から見て判断された結果だと思うんですよ」
「側から見て?」
「はい。誰もが羨む良縁っていうのは、大抵家柄が良くて裕福で、何らかのメリットがある相手ってなりますよね。だけど私は、それが本当に当人の望みなのか、疑問に思うんですよ。果たして良縁を結ぶ事が本当に幸せなのかって」
「は?」
令嬢のこの主張に、リアムは思わず言葉を失う。
何だ?この考え方は?
普通、貴族令嬢ならば家の為に、より良い家門へ嫁ぐのが幸せと考えるんじゃないのか?
フレッドの申し出を断ったのだって、もっと上を望んだからだと思っていたんだが?
「‥つまり貴女は、一般的に言われる良縁という物を、望んでいる訳ではないと?」
「正直言うと、そうですね。まあ、もっとぶっちゃけると、今の所結婚自体を望んでいないというか」
「結婚を望んでいない!?貴女は‥修道院へでも行くつもりなのか?」
「いえいえ、そんなに信仰心は強くないですよ。私はただ、女性だというだけで型にはまった生き方をしなければならないのは、間違っていると思うだけです。まあ、こんな考え方をする私の方が、間違っていると言われるでしょうが」
確かに。世間一般では、再教育が必要だと判断されるレベルの考え方だ。しかし‥
「いや、私は間違っているとは思わない。特にその、結婚を望んでいないという意見には、激しく同意する。‥何故なら私も、同じ考えだから‥」
ハッ!!しまった、私はバカか!
当初の目的と真逆の方向へ、話を進めてどうする!?
いかん、同じ独身主義と聞いて、つい同志を見つけた様な気になって、舞い上がってしまった!
「そ」
「そ?」
プルプルと小刻みに震えながら、アシュリー嬢が瞳を輝かせる。
「そんな風に言ってくれる人、初めて出会いました〜!!今日はなんて素晴らしい日なんでしょう!これは奇跡です!ハッ!?やっぱり貴方は天使なんじゃあ‥」
「いや、違うから!‥そういえば、まだ名乗っていなかったな。私はリアム。リアム・コーヴィル・ウォルシャーという」
「リアム様と仰るんですね。ん?ウォルシャー‥?あのー‥つかぬ事を伺いますが、リアム様ってウォルシャー公爵家の方だったりしますか?」
「そうだが」
「ふひぇっ!」
リアムの答えに奇声を上げたアシュリー嬢は、見る間に青くなっていく。
リアムにとっては今更の反応だが、思わず込み上げる笑いを堪えながら"アシュリー嬢、おもしろ過ぎる"と思っていた。
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