名前は?
「ふひえっ!て、天使様‥!」
アシュリー嬢(仮)の瞳は益々大きく見開かれ、驚いたらしく後ろへ尻餅をつく。
天使だと?そんな物どこに‥?
辺りを見回して彼女言う所の天使を探すが、そんな者はどこにも見当たらない。
まさかと思って視線を辿ると、真っ直ぐにリアムを捉えていた。
「神の愛子とはよく言われるが、天使と言われたのは子供の頃以来だな」
自分が有名人だという事を良く知っているリアムは、ヒントのつもりで"神の愛子"というワードを口にする。
「へ?神の‥愛子?えっ!?貴方は‥」
だから当然、令嬢が次に口にする言葉は、自分の名前だと思っていた。のだが、‥
「‥人間ですか!?」
「は?‥貴女は、私を知らないのか!?れっきとした人間で、少しばかりは名の知れた家の者だが?」
「えええ〜!!それで人間だなんて信じられない!あ、でも普通に考えて、そんな簡単に天使に出会える訳ないか。ハァ〜喜んだ分、残念な気持ちが大きいわ‥」
この言葉を聞いた瞬間、硬い物で頭を殴られた様な衝撃が走る。
例えるならガーン!という音をバックに背負った、今迄受けた事の無いショック状態だ。
残念‥残念だと!?
生まれてこのかた、残念などと言われた試しは1度も無かった私が、残念だと!?
ショックのあまり口がきけなくなるリアムに、令嬢は更に斜め上の発言をする。
「あの、名の知れた家‥という事は、お役人だったりします?えっと、もしそうなら、見逃して欲しいなぁ〜なんて思ってるんですけど‥」
"見逃す"という言葉に、ハッと我に返ったリアムは、改めて令嬢の様子を観察した。
先程黒く見えたのは令嬢の頭で、茂みに潜っていた所為か、乱れて葉っぱまで絡んでいる。
ドレスはというと、捲りあげて腿の辺りで縛り、ドロワーズが剥き出しだ。
そして被っていた筈のボンネットはというと、左腕に抱え込み、その中は何やら茶色い物で満たされている。
ドロワーズ‥剥き出し‥っ!!
慌てて顔を明後日の方向へ向け、令嬢の姿が見えない様に、手を顔の横に添えながら問いかける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!貴女は今‥自分がどんな格好をしているのか分かっているのか!?」
「あ!」
すっくと立ち上がった令嬢は、手早くドレスの結び目を解き、パンパンと埃を払った所で姿勢を正した。
「オ、オホホ、オホホホホ。失礼、お見苦しい物を見せましたわね」
顔の横に添えた指の隙間から、令嬢の姿をチラリと覗いたリアムは、ホッと溜息を吐く。
「‥私は役人ではない。だが、王家に関わる家の者として、見逃すという言葉は聞き捨てならないな。一体貴女は何を見逃して欲しいと言うのだ?事によっては‥」
「キノコです!」
「は?」
「もしかしたらと思って探してみたら、沢山生えていたので、キノコを採っていたんです!」
またしても斜め上の発言に、リアムは目が点になる。
そんなリアムに構わず、令嬢はおずおずとボンネットの中を見せた。
中は傘の部分がテラテラと輝く、中々に立派なキノコで満たされている。
確かにキノコだ。それにしても、何故キノコを???
王家主催の行事といった、貴族同士の繋がりを作る絶好の機会に、わざわざキノコ採りをする令嬢の行動が理解出来ない。
いや、普通に考えて、伯爵令嬢がキノコ採りなどするだろうか?
急に心配になり、ちょうどいい機会なので聞いてみる事にした。
「‥キノコを採ったくらいで、罰せられる事はない。ただ、一応貴女の名前を聞いておこう」
「あの〜‥それって、所謂ブラックリストに乗っちゃうパターンですか?」
困った顔でチラチラとリアムの顔色を伺う令嬢は、あまり言いたくなさそうだ。
これはやはり‥と思ったリアムは、半分脅しとも取れる言い方をした。
「発見したのは私だし、どうするべきかの決定権も私にある。もし、名も名乗れない様であれば、不審者と見なして、然るべき処分を下す事になるが‥」
「アシュリーですっ!レイウッド伯爵令嬢、アシュリー・レイウッドと申しますうっ!」
しかられた悪戯っ子みたいな顔で、令嬢は自分の名を明かす。
それを聞いたリアムは、ビンゴ!と心の中で叫んだ。
さて、やっとミッションを実行する所まで来たな。
しかし、相手は私を知らないときている。
これは後ろ向きな考えだが、正攻法で上手くいく気がしない!
始まりから前途多難とは、随分と厄介な令嬢だ。
なんだかフレッドから聞いた令嬢の印象とは、かなり掛け離れているし、どうしたものか‥
読んで頂いてありがとうございます。