茂みの中は
通称森への小径と呼ばれるこの細い道は、その名の通り庭園の先に続く森へと繋がる。
繋がった先の森は、狩猟好きだった3代前の国王が作った人工の森だ。
以前はこの森に獲物を放して、狩猟大会なる物を開催していたのだが、前国王の時代から廃止になり、今では王族が時々散策をするくらいにしか利用されていない。
一応定期的に道は整えているらしいが、着飾ったご婦人が好んで歩く様な場所では無かった。
その為庭園から割と近い距離にあるというのに、人の姿は見当たらない。
誘惑などという人に見られたくない事をするには、リアムにとって非常に都合が良かった。
森へは直ぐに辿り着き、所々草の生えた道を進み、令嬢の姿を探す。
ところが一本道だというのに、前方に令嬢の姿は見えてこない。
女性の足でこの速度で、追いつけないとは思えない。
ましてやドレス姿でヒールの高い靴を履いた令嬢が、自分より早く歩ける筈がないだろう。
もしかしたら、さっきの会場で見落としてしまったのかもしれないな。
仕方ない、一旦戻ってもう一度‥
と、リアムが思った時、近くの茂みがガサガサと音を鳴らした。
揺れ方としては、ちょうど猪や鹿といった、大型の動物が茂みを揺らすのと同じ感じだ。
しかし、この森には兎やリスの様な、小動物しかいない筈である。
それは王族が散策する際に、万一の事があってはならないからだ。
もし本当に大型の動物がいるのならば、それは何者かが持ち込む以外に有り得ない。
ダニーといいこの状況といい、何てタイミングだ!
大型の動物だとしたら、見過ごす訳にはいかないじゃないか。
確認して報告しなければ、万が一王族に何かあった時に、大変な事になってしまう。
クソッ!今日は厄日か?
苛立ちながらもリアムは、そーっと茂みに近付いた。
茂みはまだガサガサと音を立てている。
相手を刺激しないギリギリの距離で、茂みを揺らす犯人を見極めようと目を凝らした。
すると、ピョコリと黒い物が茂みの上に顔を出し、そのまま横へ移動して行く。
黒い物はどう見ても人の頭にしか見えず、何かの作業をしている様に思われる。
なんだ?森の整備なら、こんなイベントの日に行わない筈だが‥?
父親が国王の従兄弟という立場から、幼少期より何度もこの森を訪れる機会があったリアムは、どのタイミングで作業をするのか、知り尽くしている。
今日の様な人が多く集まる日に、森で何やらおかしな行動をとる者がいるとしたら、それは不審者以外に考えられない。
だとしたら、やる事は一つだ。
その不審者を捕まえようと、リアムは一気に距離を詰めた。
「グッフフフ!大漁大漁〜♪」
およそ2メートルの距離に近付いた時、茂みから聞こえて来た女性の声に、ピタリと足を止める。
近付いたせいか、さっきよりはっきりと見える不審者の姿は、水色のドレスを着た黒髪の女性で、正に先程見たアシュリー嬢と同じ格好だった。
まさか‥!
フンフンと楽しそうに鼻歌を口ずさむ女性は、リアムに気付く事なく、夢中で何かを行なっている。
何をやっているのか気になったリアムは、足音を忍ばせながら、1メートルほどの距離に近付いた。
「コホン!」
気付かれる様、ワザと軽く咳払いをしてみると、女性はピタリと動きを止めた。
ゆっくりと、まるで機械の様なぎこちない動きで顔を上げる女性。
大きく見開かれた緑の瞳と目が合い、リアムは確信する。
間違いない、彼女は私の追っていたアシュリー嬢だ!
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