本気(マジ)かよっ!
翌日昼過ぎ、リアムはダニーに叩き起こされた。
明け方近くに眠ったリアムは、寝ぼけ眼でダニーを睨み、腹立たしげに文句を言う。
「なんだよダニー、昼っぱらから!寝込みを襲われる趣味は無いぞ!」
「昼っぱらって‥寝起きの割に上手いこと言うな。寝込みを襲うなら、震いつきたくなる様な美女を襲うよ。まあ、ある意味美女ではあるけどさ。流石に自分より背が高くて、ガタイのいい美女はごめんだね」
「私だって女は嫌いだが、だからといって男好きって訳じゃない。で?何の用だ?」
ベッドから出ずに顔だけ向けて、ダニーに問いかける。
「リアム、昨夜の事は覚えているか?」
昨夜と聞いて思い浮かんだのは、フレッドの失恋話ぐらいだったが、それとダニーが訪ねて来たのとが結び付かない。
「ああ。君達は先に酔い潰れていたけど、私はしっかり家まで戻ったからな」
「そうか、それなら話が早い。いいかリアム、フレッドは本気だぞ。本気で君に令嬢を誘惑させようとしているんだ」
ああ、覚えているかと聞いたのは、そっちの話かとリアムは思った。
まあ、例えフレッドが本気だとしても、こちらが断ればいいだけの話だ。
「そんな事をして何の意味がある?そんな馬鹿げた話、私が了承する筈が無いだろ?」
「それが‥だな、君はもう既に断れない状況なんだよ」
「どういう事だ?」
「君、昨日は家紋入りのカフスボタンを着けていただろう?」
「ああ、フレッドの家に行く前に、昨日は王宮へ用事があったからな。しかしそんな細かい所、よく見て‥‥!?」
と、途中まで言いかけて、バッとベッドから飛び降りる。
そして脱ぎっぱなしで長椅子にかけてあった、ジャケットの袖口を確認した。
「まさか‥!」
思わず叫んだリアムに、フゥーと溜息を吐きながら、ダニーが困った顔を向ける。
「頭の回転が速い君なら察しがついているだろうけど、そのまさかだよリアム。残念ながらフレッドは、君のカフスボタンを人質‥じゃない、物質にするつもりなんだ」
サーッと血の気が引いたリアムは、慌てて呼び鈴を鳴らし、世話係のポールを呼ぶ。
しかし、それを制する様にダニーが続けた。
「あー‥言いにくいんだけどね、フレッドの所へ行って取り戻そうとしても、時既に遅しなんだよリアム。私が目覚めた時には置き手紙だけで、フレッドは行方をくらました後だったんだ」
そう言ってダニーは、フレッドの残した手紙を胸ポケットから取り出す。
それを引ったくり開いてみると、達筆な彼にしては珍しく、殴り書きと思しき文章が綴られていた。
ダニーへ
昨日リアムが王宮へ行く事は知っていた。
遅れてやって来たリアムの袖口に、家紋入りのカフスボタンが付いていた事も。
だから私は酔ったふりをして、これを手に入れ利用させて貰う事にした。
リアムには悪いが、こうでもしなければ彼女を忘れられないからね。
君なら私の気持ちが分かるだろう?
私は暫く姿を隠すから、リアムには君から伝えてくれ。
それではダニー、後は任せた。健闘を祈る。
読み終えたリアムは、ぶつける相手のいない苛立ちに、クシャリと手紙を握りしめた。
何しろフレッドが持ち去ったカフスボタンは、求婚の証に使える代物だ。
オスタニアの貴族には、求婚の際相手の家に、家紋入りの装飾品を送る慣例がある。
そして承諾が貰えると、後日相手の家へ挨拶に向かい、装飾品を返して貰うのだ。
承諾しない場合は断りの手紙と共に、送り返すというのがこの慣例のルールでもある。
フレッドはこの慣例を利用するつもりで、最初からリアムのカフスボタンを狙っていた訳だ。
つまり、言う事を聞かないと、何処の誰ともしれぬ令嬢の元へ送り付けるぞと脅して来たのである。
今迄リアムは女性達から何度も装飾品を盗まれそうになった経験があり、余程の事が無い限り、家紋入りの装飾品は身に付けない様気を付けてきた。
それがまさか、昨日の自分のスケジュールを把握した上で、信頼していた友人に盗まれるなどとは思いもしなかったのだ。
そういえば、昨夜フレッドが立ち上がりながらよろめいた事があったな。
近くにいたので支えてやったが、あの時に盗んだのか!
苛立ちながら視線をダニーへ向けると、困り顔のままダニーは溜息を吐いた。
「ハァ‥あのなぁ、苛立つのも分かるけど、怒りの矛先を私に向けないでくれないか?私だって利用された上にこうしてパシリにまでされて、もの凄〜く気分が悪いんだ。それにアレだろ、私もグルだと思ってるんじゃないか?」
「思ってる」
「思ってるんかいっ!」
「いや、思っていた‥だ」
「ハァ、まあいい、一応誤解は解けたって事だな。で、どうするリアム?こうなったらやるっきゃないと私は思うんだが?」
「どうするも何も、他に選択肢など無いじゃないか!」
「確かに。腹をくくるしかないよな。おそらくフレッドは、また私に何らかの手段で接触してくるだろうから、私も連絡係として君に協力するしかないな。よし!そうと決まったら、手っ取り早く片付けてしまおう!」
「手っ取り早くって‥どうする気だ?」
「令嬢に関する情報収集と、後は口説き文句の練習って所かな。大丈夫、全て私に任せておけ!さぁてと、それじゃあとっとと帰って、準備に取り掛かるとしますか!」
「何だ!?やけにやる気だな」
「いや、ほら、考え方を変えれば、君が女性を口説く図っていう、非っ常〜にレアな物を見られるのが私の特典かなと。人生ポジティブシンキングだよ。て、事で、一旦帰るわ」
「なっ!ちょっ‥!」
呼び止める声に振り向きもせず、さっさとダニーは部屋から出て行く。
こうしてリアムは不本意ながら、令嬢を誘惑するという任務に就かなければならなくなったのだ。
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